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殿堂入り
昨日、広島カープの全盛時代を代表する投手だった北別府学氏とともに
1993年に脳腫瘍のため32才で夭折した「炎のストッパー」故津田恒実投手が
野球殿堂入りを果たすという嬉しいニュースがありました。

生粋の広島県人だった父が熱狂的なカープファンだったこともあり私も
10代~20代は全盛期のカープの大ファンでした。特に連続日本一となった
1979年と1980年のことは今も記憶に鮮やかに残っていて高校三年の受験期にも
かかわらず高校を早退してまで日本シリーズをテレビ観戦していたものです。

津田投手がドラフト1位でカープに入団したのが1981年。
私が大学一年の秋でした。翌年のデビューの年にカープ史上初の新人王に
輝いた津田投手はスランプや血行障害に苦しんだこともありますが、リリーフに
転向してからは炎のストッパーの異名どおり気迫のこもったピッチングで
多くのファンの心を奪いました。

投手として全盛期を迎えた1991年の春。巨人戦に登板したもののメッタ打ちに
あった津田投手は病院で悪性の脳腫瘍と思いもかけなかった宣告を受けます。
当時の新聞に「津田投手、水頭症のため入院」とあったのですが、私はショック
と同時に「大人が水頭症?」いぶかしく思ったものですがこれは球団の配慮による
病名を隠しての報道でした。

その後、夫人の献身的な看護と津田投手の並外れた努力で一時は現役復帰に
向けたトレーニングができるほどの回復をみせましたが1993年初夏に再発。
オールスター選さなかの1993年7月21日津田投手はこの世を去りました。

次の日だったと思いますが、私は通勤の帰り道、東海道線の車内で
隣の男性が読んでいた新聞に「津田元投手、脳腫瘍のため死去」と
大きく出ていたのが目に入り息が詰まるような衝撃を受けると同時に
あの水頭症というのは脳腫瘍のことだったのだと2年前のニュースを
思い出していました。暑い夏の夕方のことでした。

その後不世出のこの投手を特集したNHKの番組や夫人の著書や岸谷五朗さんが
津田投手に扮したドラマなどを通じ津田投手の名前は当時を知らないファンの
心にも残ることとなりましたが、殿堂入りのニュースで津田投手が突然の引退を
してから20年もの年月が流れたことを知りました。

最近のカープは有力選手が揃ってFAで移籍したこともあり万年Bクラス
を低迷していますが、今日の朝日新聞には北別府・津田両投手のことが
大きく報道され懐かしさと嬉しさで言いようのない気持になりました。

津田投手はドラフト~全盛期~死までをファンとして見守った私にとって
自分の若き日を重ねて応援した唯一の投手です。
私があのように野球に熱狂することは今後はもうないだろうと思うだけに
今回の殿堂入りのニュースは特別に心を揺さぶるものとなりました。


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プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

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