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永井路子 「姫の戦国」
衣替えのために押入れを整理していたらしまいこんでいた本がごっそり
出てきて、衣替えそっちのけで読みふけっていました。
10年ぶりに夢中になって読んでいたのがこの本。

  永井路子 「姫の戦国」(文春文庫 1997年発行)

主人公は織田信長に桶狭間で討たれた悲運の戦国大名
今川義元の母である寿桂尼(じゅけいに ?~1568年)です。
本名はわかっていませんがこの本では悠姫と名づけられたヒロインは
京都の公家中御門宣胤の娘で今で言うところのお嬢様です。

悠姫ははるばる駿河に下り今川氏親の妻になり義元らの母になり
孫の氏真までの4代を、今川家の当主の片腕的存在として国を治め
「今川の女大名」と後世に伝えられる働きをしました。

特に夫の死後まだ10代の息子の治世を磐石にするため今川家の
分国法である「今川仮名目録」にも彼女の書名があることは
戦国大名の妻が決して飾り物的な存在ではないことの貴重な
裏づけになっています。

永井路子さんの作品はほとんど読んでいるのですがさまざまな
戦国時代のヒロインを描いた作品の中で彼女は繰り返し

 「政略結婚を現代の人間の目で女性を哀れむのは大きな間違いで
  彼女たちは性を伴った実家を代表する外交官なのである。
  信長の妹のお市のように難しい関係の大名に嫁ぐことは
  本人もむしろ光栄に思っていただろうと思う」

と書かれています。そして気働きのない娘なら家臣の家に
嫁に出してしまうとも。歴史の表に出てくるのは男の働きですが
その裏では妻や妻の実家の力で歴史が動いた例は枚挙にいとまがありません。
来年の大河ドラマのヒロインお江(おごう)の人生もそのような視点で
みることをお奨めします。

都の公家の姫として生まれた寿桂尼は今川家の「尼御台さま」になり
死後も今川の家の守護神でありたいと鬼門の方角にある寺に葬られました。
彼女の女性らしい聡明さが孫の氏真にも伝えられたのか、今川家は桶狭間
以後は戦国大名としては滅びましたが、家は徳川の旗本として存続しました。

この小説の終盤、寿桂尼の元に二人の子供の人質が引き取られる場面が
出てきます。一人は義理の娘が北条に嫁いで産んだ息子ともう一人は
三河の松平家の竹千代。前者はその外交手腕で北条家を守った
北条氏直。後者はもちろん後の徳川家康です。

人質とはいっても学問の師もつけてもらい大切に滋しんでくれた
寿桂尼の思い出の地である駿府に晩年の家康は居住し亡くなりました。
今川の女大名と畏怖された寿桂尼の姫君らしい器の大きさが強く心に残りました。

10年前に読んだ時と違い、私も母親になりました。
以前には理解できなかったヒロインの思いに共感するところが
多くこの小説との感動的な再会となったことを嬉しく思っています。

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プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
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