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R-1ヨーグルト騒動
厳しい寒さと乾燥した天気もあり先週あたりから全国的にインフルエンザが
大流行の兆しです。ワクチン接種だけでは心配ということでテレビ放映をきっかけに
全国で入手困難な状態が続いているのが明治乳業のR-1ヨーグルトです。

きっかけは朝のNHKの番組(その後民放のワイドショーでも紹介)で
R1ヨーグルトのインフルエンザ予防効果として佐賀県有田町で1904人の小中学生が
実験的に半年の間毎日1日1本112gのR1ヨーグルト(R1乳酸菌入り)を飲み続けた結果
周りや他の佐賀県の小中学生などと比べてインフルエンザに感染する確率が極端に
低かったという結果を放映したことです。多糖体というタンパク質がR-1乳酸菌の
発酵段階で大量に生成され、体内でナチュラルキラー細胞という免疫力に
重要な細胞を活性化させるという仕組だそうです。

R-1菌はもともと呼吸器患者の重篤化を防ぐために研究開発された乳酸菌なので
インフルエンザ感染予防にも一定の効果があることは立証されているのでしょう。
それは素晴らしいことだと思いますが、一つのものを過剰信仰するのが今の多くの
日本人。予想通り放送後まもなくからあっと言う間にR-1ヨーグルトはどこも完売。
メーカーから出荷制限もあるようで調べてみたら、楽天などすべてのネットショップで
売切れ状態で、オークションでは賞味期限の長くないものに対し万単位の法外な
即決価格までつけられていました。

R-1ヨーグルトは確かに免疫力のアップに役立つと思います。
でもこのところの狂ったような人気はどうも多くの人が数回食べただけで
確実にインフルエンザに罹患しないと誤解している上の騒動のように感じます。
この佐賀の小中学校にしてもよく読むと半年間という長期に渡って飲み続けて
いて、決して一本二本を飲んだから効果があるというわけではなさそうです。

きちんとした専門的な知識に基づくサイトなどを読むと、R-1の効果は
認めつつも免疫力のアップで結果的にインフルエンザの感染リスクを下げる
ためにはR-1に限らず、良質な発酵食品やビタミンを多く含む野菜や果物
そして何より十分に睡眠をとることや、多糖体を多く含む食品として粘り気
のあるオクラや納豆、山芋そして海草などを上手く食事に取り入れることで十分に
免疫力が上がると書かれており、私的にはR-1を万病の薬のように取り上げる
記事よりはずっと信頼できるように思います。

良質な発酵食品として味噌や醤油、キムチや糠漬けなど日本の伝統食の効果も
なかなかのものです。R-1効果に期待するならどれだけ継続して手に入るかも
わからない現在、ダフ屋のような出品者から数本買うのではなく来シーズンの
インフルエンザ予防備えて、宅配を申込むなど継続できる方法を考える方が
遥かに賢明です。R-1と言えど正しい食習慣の元で継続は力なり、なのですから。



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Battle of the Brians
日曜日になるとフィギュアスケートの記事を書いていますね。私。(笑)
今もフィギュアスケートファンがオリンピック最高の試合と心から賞賛するのが
1988年カルガリー五輪でのアメリカのブライアン・ボイタノと地元カナダのブライアン・
オーサー、ともに同じファーストネームを持つほぼ同年齢の最盛期を迎えた二人の
戦いでした。(Battle of the Brians )ともと称された名勝負です。

二人とも甲乙つけがたい見事なショートプログラムを披露しほぼ同点で迎えた
フリー演技。結果はジャッジ一人の差でアメリカのボイタノが優勝。オーサーは
サラエボに続き二大会連続の銀メダルに涙を呑みました。このBattle of the Brians
の素晴らしさは二人のプログラム自体がこれ以上はないほどの作品だったことに加え
二人ともほぼノーミスで滑りきった完璧なレベルの高さに尽きると思います。
いくらオリンピックといえど金メダリストがフリーでミス連発で辛うじての逃げ切り
では気の抜けたビールを飲むような不完全燃焼感がファンにも残りますから。



まずボイタノの演技ですが、元々ミスの少ない非常に堅実な演技をする選手
でしたがこのカルガリー五輪の彼は本当に何かが乗り移ったかのような神業の
ような素晴らしいフリーでした。ナポレオンの音楽に乗っての演技は後半に
なるほど冴えを見せ、今や伝説となったあの深いイーグルやラスト近くの
高いバレージャンプの連続はボイタノにとっても生涯最高の演技だったのでは
ないでしょうか。ボイタノは現在の採点方法ではどのレベルの評価を受けるか
知りませんが、スプレッドイーグルやデスドロップなど観る人の心に訴える
決め技を見事に作品に組入れることのできるスケーターだったと思います。
アメリカの男子選手がその後オリンピックで勝つのは2010年バンクーバー大会
でのライサチェックまで待たねばなりませんでした。



そして銀メダルに泣いたオーサーの演技ですが、惜しかったのはトリプルアクセルの
王者と言われ、ジャンプを失敗することがあるのかと思われるほどの正確さを
誇っていた彼がたった一回見せた着地の乱れがこのフリーで出てしまったこと
でしょう。あの神がかり的なボイタノの演技の後の出番。まして金メダルに最右翼
と言われさらに地元開催の重圧。どれだけの緊張があったかは想像もつきません。
一箇所のわずかなミスを除けば、オーサーも生涯最高の演技だったと私は今も思います。
個人的に特筆したいのが、それまでエキシビジョンでのピンクパンサーなどどちらか
といえば軽妙でコミカルな音楽の似合う印象だったオーサーがカルガリーのフリーでは
ソ連(当時)のショスタコーヴィッチの音楽を選んだことです。

ショスタコーヴィッチは近代ロシアの作曲家の中でもどこかジャズの
物憂さも感じる旋律と響きを感じさせる作曲家で、故国ロシア(当時はソ連)
のノーブルな選手ではなく軽さと華やかさが持ち味のオーサーが演じたからこそ
ショスタコーヴィッチの良さが前面に出た素晴らしい作品と滑りだったことが
今も強烈に心に残っています。

僅差とは言え二大会連続の銀メダルの悔しさは長くオーサーの心にあったようで
その経験を指導に生かした成果が教え子のキム・ヨナのバンクーバーでの
圧倒的な金メダルだったと思います。ドキュメンタリーであの007のショート
プログラムで技術的なことに加え、決めポーズをジャッジの前で取ることや
あの有名な007の旋律を焦らすように最後に持ってくることなど周到に作品を
練り上げて、さらにそれまでどこか音楽で垢抜けなかったキム・ヨナにフリーを
ガーシュウィンのピアノ協奏曲ヘ長調の洒落たブルーノートで滑らせたセンス。
あの日の悔しさの半分は晴らせたでしょうか?


子持道の駅物産館
私の住む市にあるこの地域きっての観光名所である子持の道の駅の物産館
(直売)で先週からヨーグルトを扱っていただいています。

子持道の駅

ここは一年中観光客と地元客両方でにぎわっていますが寒い冬の真最中なので
先週の雪の金曜日に控えめな量を持っていったら見事に完売で驚きました。
店長さんにも本腰を入れるのはお彼岸あけの三月末くらいからですよねと話
この寒さでは売れないだろうと思っていたので嬉しいびっくりでした。

この物産館は新鮮な野菜や果物そして加工品が揃い、広々したレストランも
併設され県内でも人気の観光スポットです。
お近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さいね。

テンポ・ルバート
テンポ・ルバート( tempo rubato)と言うのは音楽用語で、わかりやすく言うと
基本的なリズムには変化がなく、それを基本に強調したいフレーズ音を若干遅め
または速めにずらすという奏法のことです。もっとわかりやすく言うと
「自由な柔軟性を持ったテンポで」とう言う意味で演奏する人間の解釈や感性が
問われるということになります。

私は高校生までピアノを習いました。もちろん音大を目指すということではなく
純然たる習い事でしたが、大きくなってくると私は曲に挑戦すること以上に
先生が時には著名なピアニストの演奏をレコードをかけたりしながら教えてくださった
解釈による速度や間合いの微妙な取り方の違いなどを教えて下さることが何より
楽しみになりました。特にルバートについては、ショパン自身が弟子に左手の
リズムは確固たる速度を保ちながら右手で微妙な変化をつけてゆくことを
木の幹と風にそよぐ葉にたとえて教えたことを引き合いに実に繊細な言葉の
表現を尽くして教えて下さったことを昨日のことのように思い出すことがあります。

一つの芸術作品を基本的ものを崩さずに、受取る者の感受性や技術によって
さまざまに解釈して表現してゆくことは実はルバートの指示に代表されるように
音楽だけではなく、それは人生全般にあてはまることではないかと思うように
なったのは大人になってここ十年ほどのことです。
それだけに、特に音楽教師は無意識にそのような芸術的な感受性を教えて
下さる方を求めるようになったかもしれません。

いきなり現実的な話になりますが、息子は去年小学校入学にあたり悩みましたが
学習塾との兼ね合いもあり、三年間通った大手のピアノ教室をやめました。
入学前の震災や計画停電による混乱もありましたが、講師の若い女性教師だけでなく
システム全体に残念ながら私が子供時代師事した先生のような豊かな芸術性が
感じられず、ただ発表会やグレードテスト(これには別途費用がかかります)だけが
目標になっていると感じたからです。楽しむだけのピアノならバイエル程度の連弾なら
私が相手になってやれますし、息子の心に豊かな語彙が増えないなら無駄だと思ったのです。

受験勉強や資格試験さらに仕事で得られる知識や技術はそれがなければ人生は
成り立たないものです。それがあればという前提ですが、テンポ・ルバートが
表すように各人の感受性やその人ならではの表現があればこそ人生はより楽しく
それぞれのステージで輝かしいものになるように思います。たとえある種の
人々からはそんなものは娯楽だとか人生の無駄と思われたとしても。

歩いてわずか10分の場所に私の人生に豊かな彩りを与えてくれた
先生がおられた幸運を年を重ねるごとに思っています。
(先生は育児のために退職されましたが芸大出身で当代一と評価されていた
 名女流ピアニストで名教師だった方の直弟子で名門ミッションスクールの
 音楽の教師だった方でした)



 中学のときにチャレンジしたショパンのヘ長調のマズルカです。
技術的にはショパンの曲としては平易ですが、テンポやタッチの違いで快活な
マズルカにもポーランドらしい哀愁を感じる曲にもなるとさまざまな名ピアニストの
演奏を聞かせながら先生が教えてくれた忘れられない一曲です。練習しながら
私はショパンがフランス人とポーランド人の混血だったことを心に刻んだものです。
マイナス気温
今日は全国的に大寒波の影響で猛烈な寒さとなっていますね。
群馬でも私の住むあたりでは朝の気温が氷点下になることは
ほとんどありませんが、朝部屋のストーブをつけたらモニターの
表示する室温がマイナスでした。

さらに朝五時に仕事に牛舎に行ったら温度計がマイナス二℃を指していて
これには少々驚きました。牛舎は屋外に比べて牛の体温や吐く息のおかげで
かなり温かく感じますがさすがに今朝は寒かったです。

五時だとまだ暗いということもありますが、寒いと牛もまだ就寝中で最初の
乾草をやってようやく起き出すという日々です。
朝の仕事のときは貼るカイロを三個貼り、防寒用ヘアバンドを巻きという
完全武装で仕事をしています。

節分の頃はまだ寒さが厳しいようですが、季節を分けるの字の通り早く春が
来てくれないか待ち焦がれています。



良き臨床医とは?
先日、週六の授業をやる小学生向けの進学塾のことを書きましたが朝日新聞の
連載はあのシリーズがまだ続いていて昨日は、東京の予備校の寮に入って二年連続で
日本の大学の最高峰東大理科Ⅲ類(以下理Ⅲと書きます)を目指す青年を特集していました。
記事によると高校生だった去年も理Ⅲを受け不合格。広島の故郷では井の中の蛙に
なるからと上京して予備校の塾に入り文字通り受験一本に賭けてきたそうです。

彼は看護師の母の影響で医学に興味を持ち外科医になって人の命を救いたいと
いうことが志望動機だそうです。私が穿ちすぎなのでしょうか、先日の週六の
記事といい朝日の記事(一応子育て欄での特集記事です)の意図がもう一つ
わからないところはエリートを目指す10代の青少年たちを本当に温かい目で見て
いるのかということです。この東大理Ⅲを狙う青年の記事などはどこか「ここまでする
必要があるのか」という冷めた目を感じました。私など本当に優れた臨床医
を目指すなら東大理Ⅲでなくとも例えば故郷に近い広島大学や岡山大学でも
十分可能ではないかと思いましたから。(地方大学でも医学部は難関です)

良き臨床医(わかりやすく言えば医者)には今まで何人も出会えましたが
特に思い出すのが、息子を出産した県内の総合病院の小児科部長(現院長)です。
息子は予定帝王切開で極めて元気に生まれましたが軽度の多呼吸で10日ほど
NICUに入院しました。それからはまったく問題なく元気に育ちましたが
特に3才までは検診も含めすべて信頼できるこの先生にお世話になっていました。

小児科医は当時から人員不足の上に、先生は小児科部長としての仕事、NICUでの
治療、研修医の指導、さらに産科との連携業務そして週のほとんどの外来診療
と目の回るような日々だったと思いますが、いつもやさしく穏やかでたとえば
息子のミルクの飲みが悪いと今思うと笑い話のようなことでも不安で病院に
電話をすると、かならず看護師さんではなくご自身が電話に出てくださって
温かく助言を下さったことは息子が小学生になった現在も感謝の気持で一杯です。
私は(勝手にですが)診療の腕も人間性もこの先生は日本有数の小児科医と
思っていますが、この先生の出身は地元の国立大学で東大理Ⅲではありません。
出身大学以上に医師には職業的な才能と人間的な才能が求められると思います。

記事によるとこの青年はセンター試験は満足のいく出来だったそうです。
二次が本番の理Ⅲは大変でしょうが努力が実って欲しいと思います。
もしダメだったら理Ⅲ一本に賭けてきたこの子はどうなるんだろうと
母親のような目が入ってしまいましたが。

江戸時代末期、大村益次郎や福沢諭吉の師匠でもあった名医で名高い
緒方洪庵は「医者というものはとびきりの親切ものしかなるものではない」
という名言を残しました。患者側からするとそういう青年にこそ医学を目指して
欲しいと思います。理Ⅲだけを目指して本も音楽もシャットアウトして
ニュースすら見ない受験一本の生活を何年も続けることが果たして良き臨床医への
近道なのか少しばかり疑問を持っています。

カルピス工場見学
残念ながら私が行ったのではなく主人が先週の雪の降った金曜日に検定組合の
研修で行ってきたものです。普段無口な主人にしては珍しく饒舌に詳しく話して
くれました。

私の母の代から親しまれているカルピス(現在は味の素の子会社)の国内工場は
岡山と群馬の館林市の二箇所にあります。この館林工場と群馬県の酪農家の縁は
深く、酪農関係の研修としての見学先によく選ばれています。

わかりやすいパンフレットや公式HP以外で主人たち検定組合が受けた説明に
よりますと

 ① 昔からある濃縮タイプのカルピスの原料は脱脂粉乳ではなく100%国内産
   それもほとんどを群馬県産の牛乳を使用しています。

 ② ペットボトルの清涼飲料水カルピスウォーターの原料は100%国内産の
   脱脂粉乳を使用しています。

 ③ ②に関連して、かつて安い輸入の脱脂粉乳を使用したこともあるが品質が
   安定しないので国内産100%に切り替えたとのことです。

国内産とか群馬県産牛乳が主原料と書くと少数とは思いますが、何でもかんでも九州産や
沖縄産や輸入物しか食べないという極端な放射能ママたちがまたカルピスについても
騒ぐといけないのでこの記事を書くかどうか一瞬迷いましたが、カルピスの公式HPでも
原料の産地(国名まででですが)も公開されているので書いても問題がないと判断しました。

主人が説明の中で興味深かったのは濃縮タイプのカルピスは製造過程で二回の
発酵作業をするということだったようで、一回目の発酵は乳酸菌で二回目の発酵は酵母菌で
行うそうです。濃縮ということもあいまってこれで長期保存のできる発酵乳になるのかも
しれません。

私も子供時代カルピスにはお世話になりました。当時は今のようにペットボトルの
飲料もなく子供の夏の飲み物といえば麦茶か色つきのソーダ水かカルピスと
相場が決まっていました。そのため子供のいる家庭へのお中元はカルピスが一番
人気だったように思います。

一時経営不振となったカルピスを傘下に入れたのが味の素です。
完全子会社になるにあたっては旧カルピスの人間は若干の抵抗も
感じたようですが、消費者の立場からすると安さが売りの外資系の
傘下に入らなくてよかったと思います。特に群馬の酪農組合にとって
館林工場の存在は名実ともに大きく、国内産の原料を吟味して使用する
カルピスの存在はとてもありがたいことと思っています。
私は会社の回し者ではありませんので念のため。(笑)

子供の頃大好きだったオレンジのカルピスを復活して欲しい。
それが一消費者としてのささやかな会社への要請です。

原発の補償金
昨年三月以降、検査結果が出るまでの間に刈った牧草は牛に給付せず
ロールにして保管して補償を求めるように組合から指示がありました。

うちは刈り入れが遅かったのでこの補償の対象に入りませんでしたが
早めに刈った農家には既に補償金が支払われたそうです。
ほぼ満額が認められ百万単位の補償を受けた酪農かもあると聞きました。
保管しておいたロールは検査して値が低ければ搾乳牛には与えませんが
育成牛には給付することは可能なのでそのようにした農家が多いそうです。
そうです、と推定文にしていますが、主人が組合の役員として正式に
聞いたことなので事実に基づくことです。

酪農家も被害があったといえばそうなので補償を受けるのは当然の権利ですが
育成牛に結果として給与できるレベルのものであったのであれば全額補償ではなく
例えば半額などこの財政状況を考えたらその方が納得のいくものではなかったかと
思います。ある酪農家はこの補償費でトラックを購入したと自ら語っていたそうですが
私は未だに仮設住宅に住む方や、原発からの避難を余儀なくされている方、家族を
失い高校の進学すら悩む子供など優先順位はそちらが高いと思ってしまいます。

うちが刈取りが遅く対象にならなかったことでどこかほっとしています。
酪農家の良心を問われないためにも、十分な保障が出たことはよかったと
思いますが、○を買ったとか得したという発言は公の場では控える方が良いと
思うのですが...........。


客観的事実を静かに伝えて欲しい
私たちが取引をやめたオーガニック宅配会社の去年暮の会報(生協の注文カタログの
ようなもの)に暫定基準値以下ですが少量のセシウムが新米から検出されたとして
当分の間取扱いが中止になると、取扱う米穀商のコメントと共にお知らせがされていました。
それを受けての会員の声(HPでも配信)として以下のような意見が寄せられていました。


 流通してくださったら、私は食べます。もう大人ですし、子どももおりませんし。

 取扱い中止は大変残念です。○○商店さんも苦しい決断だったことと思いますが
「消費者が『食べたくない』であろう」と決めつけず、少量でも扱ってほしかった。

とても生産者への思いやりに満ちた温かいコメントだと思います。この方々の意見は決して
間違っていないと思います。
但し個人的な感想ですが、オーガニック宅配会社の対応は消費者の感情に訴えることよりも
出荷サイドがほんの僅かだとしてもセシウムが検出されたので出荷を取り止めると
判断したのならば数値を示した上で扱いを中止したいというこの米穀商が判断したという
事実のみを冷静にわかりやすく会員向けに告知するだけでよかったのではないか、と思います。

生産者として感じることは、仮に今年の四月から施行されるという現行よりかなり厳しい
レベルの基準値以下だとしても、大半の消費者はほんのわずかでも検出値のついた
食品の購入には積極的に動かないだろうということです。
去年のセシウム汚染牛肉の流通の時の騒動でも新基準値としても以下というケースも
多かったのですが、関東以北の牛肉への拒否反応はものすごいものがあり
年が明けた今も群馬では牛肉の価格は戻り切っていないのが現状です。

風評被害というわけではありませんが、ほんのわずかでも検出された食品への
ネットでの風当たりはものすごく、特に本業以上に反原発運動に熱心な人々や
私が何度かこの日記で疑問を呈してきた異様なまでの放射能ママたちは
一つでもある食品から低レベルでも放射性物質が出るとネット用語でいう
祭り状態で一気に拡散していく怖さがありますから。

私は情報を隠蔽しろと言っているわけではありません。
大きく問題にしなければならないのは、例えば福島産の米を他県のものとして
産地偽装したり、高い値の放射性物質が出ているのに隠蔽して出荷したり
小売サイドや消費者からの質問に答えないなどのことで、この米穀商のように
たとえほんの僅かの検出でも自主的に出荷を自粛し、今後の対策を報告も含め
きちんととる生産者の情報は、過剰に感情を込めることなく出荷停止の事実を
数字を挙げて伝えることで十分ではないかと思います。

BSE騒動の時は私たちも言葉を多くして安全性を説明することに
努めましたが、放射能問題に関しては検査を定期的に受け不検出の結果を
公表してゆくだけに努め、自分の感情は文字として公表しないことにしています。
余分なことを言って知らないうちにネットで揚げ足を取られていくと
自身だけでなく生産者全体の足を引っ張るという取り返しのつかないことになるからです。

放射性物質が仮に検出されても市場への出荷が自粛されるならその告知は
客観的にそして静かに。生産者としても一人の消費者としてもそれを願います。
クラシックで滑ること
70年代後半からフィギュアスケートフリークで大体の選手の演技は記憶しています。
面白いもので私の場合、記憶に残る名演技は技術の難易度以上にその音楽や振付に
よるものが大きいように思います。

現在の男子フィギュアはバンクーバー以後、技術的な難易度は益々アップしていますが
アジア系の選手(世界チャンピオンのパトリック・チャンは中国系カナダ人)の活躍
ばかりが目立ちかつての正統派ともいうべき欧米系の端整なクラシック音楽が似合う
選手がなかなか上位に来ないことが物足りなくもあります。

1988年のカルガリー五輪以降1992年のアルベールビル五輪までのシーズンは私好みの
クラシック貴公子とでも言うべき正統派の美しいスケーティングをする特にヨーロッパ
系の男子選手の全盛だったと思います。アルベールビルの金メダリストでもある
ヴィクトール・ペトレンコがその代表格ですが、フィギュアのコアなファンが今も
絶賛する演技がこの二人の演技と音楽です。

一人はチェコスロバキア(当時)のペトル・バルナでアルベールビル五輪の銅メダリスト
です。カルガリー五輪以後NHK杯などで来日も多く、重厚なクラシック音楽を
端正なスケーティングで表現することで随一の選手でした。特に今も高い評価を受けて
いるのが1990年シーズンに一気に世界のトップレベルに踊り出たときのヴェルディの
オペラ「ナブッコ」などに乗せた演技で、NHK杯の解説で五十嵐文男さんが
技術以上に格調と品格が素晴らしい選手と絶賛していたことが思い出されます。



この演技の影響でヴェルディのオペラの序曲のCDが売れたとの話もあります。
チェコスロバキアは当時ビロード革命が前後の時期でしたが、さすがに晩年の
モーツァルトを庇護した国らしく芸術性が豊かな国でバルナ以前にもサボフチックなど
世界チャンピオンにはなれなかったものの、正統派で美しい演技をする名選手を出しています。
体操の名花チャスラフスカもそうですが、東欧の小国は時に意地を見せるようにこういう本物の
芸術性を持った心に残る選手を輩出しているように思います。

もう一人はペトル・バルナよりずっと格上の選手で肝心なところで大ミスを
出してオリンピックのメダルは取れなかった悲劇の選手ではあるけれど
おそらくスケート技術とスケートを舞踊の域にまで持って行った芸術性は
世界一と言っても過言ではなかったソ連(当時)のアレクサンドル・ファデエフで
彼の1989年シーズンのムソルグスキーの「禿山の一夜」で滑った演技は今も男子
フィギュア史上NO1の名演技と評価するファンの多い演技です。



この前年のカルガリー五輪ではよもやのSPでの転倒のあとフリーは
棄権という結果に終わったファデーエフですが、シーズン翌年のこの
プログラムは品格・風格・スケート技術の高さで圧倒的な完成度で翌年
4回転を成功させて世界チャンピオンになったカナダのブラウニングを
まるで子ども扱いするほどの素晴らしい演技だったと思います。演技中に
手袋をはめるのを私ははじめてこの演技で見ました。当時フィギュアスケートは
規定を課されていましたがフリーだけでなく規定も強かったのがファディエフで
ジャンプなどだけでなくバレエとスケーティングの基礎の上に立った美しさは
世界一の選手でした。解説で聞いたのですが彼はスケート靴を履く時必ず裸足で履いて
ほんの少しの氷の感触の違いも完璧に体で記憶していたそうです。

この二人の演技を見ていると単にクラシック音楽に乗って滑るというより
作曲家が表現したかったものを凝縮してスケーティングを通じて表出している
ように感じます。スケートに使うときは原曲を短縮しますがたとえ原曲を短くされても
この演技を見れば作曲家も満足したことでしょう。

最近はアジア系の選手もスタイルが良くなり小塚嵩彦選手のように見事にクラシックを
表現する選手も多くなりました。そんな風潮にあっても(単なる好みですが)ボリショイの
舞台に立たせてもぴったりと思われる端整な容姿のヨーロッパ系の選手のクラシックに
乗った滑りがまた世界を席巻しその中で高橋選手も小塚選手もしのぎをけずって欲しいと
スケートファンの欲目で考えてしまいます。クラシック音楽を表現するには個性だけでは
ない天性の品格や端整さといった才能が要求されますからね。

40分の1
昨日の朝日新聞に一日の平均的な食事の量に含まれる放射性セシウムの
量について非常に興味深い記事が出ていました。実験の結果福島ですら
この食事を1年間続けた場合の年間被爆量は4月から適用される新基準の
40分の1程度に止まるという結果でした。



家庭で1日の食事に含まれる放射性セシウムの量について、福島、関東、西日本の53家族を
対象に、朝日新聞社と京都大学・環境衛生研究室が共同で調査した。福島県では3食で
4.01ベクレル、関東地方で0.35ベクレル、西日本でほとんど検出されないなど
東京電力福島第一原発からの距離で差があった。福島の水準の食事を1年間食べた場合
人体の内部被曝(ひばく)線量は、4月から適用される国の新基準で超えないよう
定められた年間被曝線量の40分の1にとどまっていた。

 調査は昨年12月4日、全国53家族から家族1人が1日に食べた食事や
飲んだものをすべて提供してもらい行った。協力家族の居住地は、福島県が26
関東地方(群馬・栃木・茨城・千葉・埼玉・東京・神奈川)が16、中部
(長野・愛知・岐阜・三重)、関西(大阪・京都)、九州(福岡)など西日本が11
普段通りの食材で料理してもらった。福島では、地元産の野菜などを使う人が多かった。

1日の食事から取り込むセシウムの量は、福島県内に住む26家族で中央値は4.01
ベクレルだった。この検査法で確認できる値(検出限界)以下の正確な値がわからないため
平均値ではなく、検出値を順に並べて真ん中に当たる中央値で分析した。
 この食事を毎日1年間、食べた場合の被曝線量は0.023ミリシーベルトで
国が4月から適用する食品の新基準で、超えないよう定めた1ミリシーベルトを大きく
下回っていた。福島でもっとも多かったのは、1日あたり17.30ベクレル。
この水準でも年間の推定被曝線量は0.1ミリシーベルトで、新基準の10分の1になる。
原発事故前から食品には、放射性のカリウム40が含まれており、その自然放射線による
年間被曝線量は0.2ミリシーベルト(日本人平均)ある。
セシウムによる被曝線量はこれを下回った。 調査した京都大医学研究科の小泉昭夫教授は
「福島のセシウム量でも十分低く、健康影響を心配するほどのレベルではなかった」と話している。

(朝日COMより)


この実験結果をどう受止めるかは個人の自由だと思いますが少なくとも
憶測ではない実験による客観的な結果を出したことは個人的には一定の
評価をしたいと思います。

実害と風評被害は原発問題に関しては厳しく区別すべきだと思いますが
風評被害、まして福島の県民感情をいたずらに傷つけないためにも感情だけが
先走った支援政策を少なくとも行政が拙速に行うことは慎むべきだと思います。

先日ある首都圏から沖縄に移住した方が書いていましたが沖縄県が
福島の米を食べて応援しようと呼びかけたら瞬時に移住組のお母さん方が
抗議に行ったそうです。去年の京都の送り火の騒ぎもそうですが、いくら
善意から出た支援の呼びかけでも、過剰反応する人々が炎上すると支援どころか
余計な恐怖を福島に持つようになるので、本当に復興や支援を願うなら客観的な
データを取り、本当に不安のあるものは取り除き、不検出のものであれば取扱いを
考えるというような、静かで落着いた対応や支援、報道こそが関東以北の生産
活動のためには何より大切なことだと思っています。

初雪
35日間続いた乾燥注意報が一転、昨夜から雪となり現在も降り続いています。
初雪に子供たちは大喜びで、登校班の子供たちも雪合戦をしたり楽しく
登校してゆきましたが大人は大変です。

今日はダンプのチェーン装着、サイロ出しも倍の時間がかかりそうです。
主人は検定組合の研修でカルピスの工場見学の予定ですがどうなるんでしょう。
路面凍結のことも考えると中止になって欲しいんですが。(笑)



週六日
昨日から朝日新聞の家庭欄で中学受験を迎える東京の子供たちを特集しています。
取材対象は東京の御三家と言われる名門私立中学校や国立の附属中学を目指す
小学校六年生たち。受験塾の中でも優秀な子供たちです。
昨日の記事のタイトルは「週六」。放課後塾に六日通っているということです。
日曜日も模擬試験が入る子供が多く実質は休みなしということです。

気になったのが塾で勉強することそのものより、月から金まで子供たちがお弁当を
持って塾に行き授業の合間の30分の間に慌しく夕食をとっていることでした。
家から手作りのお弁当の子、コンビニ弁当の子それぞれですが僅か30分の夕食です。

お前は東大など行けなかった公立高校~明大のレベルの人間だからお気楽なんだ
と思われる方も多いのは覚悟の上ですが、私はいくら難関中学を受験するとはいえ
まだ12才の子供が何ヶ月も家族と食卓を囲むどころか、子供によっては栄養バランスさえ
疑問な夕食を毎日続けることが果たして本当に良い教育なのか強く疑問を持ちます。
90年代には実家の最寄駅で立ち食い蕎麦で夕食をとる塾のカバンを下げた小学生を
毎日見ていましたが、当時と全くこの面では今も変わらないことにどこか不安を感じます。

食育ということが国の政策として定着して久しくなります。
私自身何でも食育に結びつけることや、やたらと給食に文句を言う親の
あり方には批判的な立場ですが、それでも少なくとも夕食くらいは子供は
家族と食べるのが理想というより普通だと思っています。

群馬など地方はもちろん首都圏でごく普通の公立高校から東大他の難関に行く
生徒は多いですが、少なくとも群馬の周囲で小学生からこんな週六の生活を
して東大に行った生徒は皆無です。それをみるといかに東大でも普通に小学生
時代に家族と夕食を食べても手が届くレベルなのでしょう。

私は高校まではもちろん、大学生になってもサークルで外食する日以外は
遅くなっても家で夕食を食べて親と何かは話していました。
この家族で話すということは例えば学校のことや友達のことの他昨日の記事の
西山事件のことなど社会問題にまで及び、ストレス解消とともに自然に物事を
多角的に見ることや会話術も習得できた大切な機会になりました。
フランスなどではこれが普通の学生の姿だそうです。

何が言いたかったというと(笑)、私も田舎では教育熱心な母だと自認していますが
私は子供にここまでの夕食を強いてまで小学生から勉強させたくはないしこの点は
エリートだったけれど「家族でメシも食えないほどの能力なら大学なんか行くな」
と公言していた父と全く同じです。こんなことを書くと殴られそうだけれど私は
明大あたりのレベルの大学にいければ十分だと思っています。息子は獣医志望ですが
人柄、体力、会話力、明るさ、面倒見の良さなどがあるからプロとしてやれると
日々うちの牛を診てくれている獣医さんを見ていると思います。あまりにも食べる
ことすらおろそかにする教育で真の教養のあるエリートになれるのでしょうか。

家族と夕食時に温かい料理を食べながらおしゃべり。
私はこの楽しみがなければ人生のステージを下ります。
子供をエリートにさせたいのであれば、家畜のように追い立てて夕食を
取らすのではなく人間らしい夕食を与えて欲しい、せめてそんなわびしい夕食は
週に1回か2回かにしてやれと思う私が受験に疎い無知な母なんでしょうか?



西山記者事件
先日の日曜日からスタートしたTBSドラマの「運命の人」。(山崎豊子原作)
有名な沖縄返還密約を背景としたいわゆる西山記者事件をモデルにしたもので
ドラマを見て本当に久々に法学部の学生の頃授業のため購入した憲法判例百選を
開いてみました。いわゆる西山事件と言われるものは背後にある国家機密そのもの
に関する判決ではなく、記事の取材方法の違法性に関して西山太吉元毎日新聞記者が
国家公務員法違反に問われて結局最高裁で有罪になった事件です。

百選Ⅰ№82、S53.5.31) 傑作(0)
【事案概要】

Xは毎日新聞政治部記者として、外務省の女性事務官Aをホテルに誘って情を通じた上で
Aに対して外務省の機密書類を持ち出して見せてほしい旨の依頼をした。Xに対して好意を
抱いていたAは、Xの依頼に応じて文書を持ち出すことを決意し、その後数十回にわたり
Xのために秘密書類を持ち出してXに見せた。Xは、Aと情を通じ、これを利用してAに
秘密文書またはその写しの持ち出しを執拗に迫り、職務上知ることのできた秘密を漏らす
ことをそそのかしたとして国家公務員法違反を理由に起訴された。
第一審はXを無罪とした(違法性阻却を認めた)が、第2審は有罪としたため、
Xは上告。

【訴訟類型】
刑事訴訟

【判旨ポイント】
①報道の自由につき、博多駅事件を援用。
②報道機関が取材目的で公務員に対して秘密を漏洩するようそそのかしたからといって、
そのことで直ちに当該行為の違法性が推定されると解するのは相当でなく、それが真に
報道目的から出たものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして
社会通念上是認されるものである限りは実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。
③しかしながら、手段・方法が一般の刑罰法令に触れない場合であっても、取材対象者の人格
の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することの
できない態様のものである場合には正当な取材活動の範囲を逸脱して違法性を帯びる。
④本件では、Xは、当初から秘密文書入手手段として利用する意図でAと肉体関係を持ち、
Aが右関係のためXの依頼を拒みがたい心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を
持ち出させており、これはAの人格の尊厳を著しく蹂躙したものと認められるので
社会通念上到底是認することのできない不相当なものであり、正当な取材活動の範囲を
逸脱したものというべきである。


事件から40年近くが経過し、沖縄返還に関する密約が存在したことや国家機密の概念
さらに取材や報道のモラルのあり方など当時と大きく意識も異なりその中で今も
この事件は表現や報道の自由という基本的人権に関する判例として法学部の学生で
あれば学んでいると思います。

私はここで国家機密についての事件が当時の佐藤道夫検事(後に参院議員)が起訴状に
「情を通じ」の一文を入れたことでそれまでは報道の自由・国民の知る権利の自由の
問題といういわば高尚な問題が一気に西山記者と彼に情報を漏らした外務省の女性職員の
スキャンダルとワイドショーネタになったことについては、深い専門知識もなく安易に
批判することは避けたいと思います。

学生の頃、ゼミでもこの判例は話題になりましたが、ゼミにはマスコミ志望の学生も
多く(実際に新聞記者になった者もいる)どちらかというと西山記者はヒーローで
権力のいけにえになったアンチヒーローのように受止める雰囲気も若さゆえに
一部の男子学生の間にあったことを思い出します。
私は、外務省ではありませんが父が官僚という環境もあり家では概ねこの判決の通り
「取材モラルの違法性」ということを親に教えられた記憶があります。

ドラマレベルかもしれませんが自分が当時の西山記者より年齢が上になった現在
感じるのは、本当に取材や報道の自由と権利を守りたいならばやはり男女関係を
通じて情報を得たり、ましてやその原本を野党の議員に渡して国会で追求させる
方法は法的にも倫理的にも問題があり、マスコミの堕落にも加担してしまったのでは
ないかという残念な気持です。

聖人君子ぶる気持はありませんが、私は佐藤優氏が自身の拘留体験を描いた大作
「国家の罠」の中で担当の若手検察官との会話に触れていて、その検事が
「自分にも正義がある。その正義を保たないとこの仕事はできない。
検事の堕落はまず不倫から始り、次は弁護士などに下って暴力団との関わり
になっていく。自分はそのように堕ちてゆきたくない矜持はある」と佐藤氏に
語ったという箇所が心に残るのですが、やはり記者としては有能だったにせよ
西山記者については(報道はきれいごとではないといわれるかも知れませんが)
素晴らしい記者の生命を国家が葬ったという意見には組せないでいます。

国家というものはどれでけリベラルを掲げてもやはり不都合な報道を
するマスコミについては制限をかけたいという本能のあるものだと思います。
真に正しい情報を国民に知らせるためにも少なくとも明らかに倫理的に
問題がある行為、ましてや判決文に生々しく「肉体関係を持ち」などと
記される行為による情報の取得だけは慎むべきだと考えています。
国民の支持がなければマスコミも権力ではありえませんから。

どうして牛を出すの?
昨日はずっと不受胎の状態が続いていた2005年生れのジャージー牛を
市場に出しました。廃用として。

私たちも市場牛を出す朝は最後の餌を何も知らずに食べる牛をみることが
切ないものがありますが、どこかでやれることはやったとか昨日はもう
孫もいるしと気持を前に向けています。

但し七才の息子には説明が必要です。学校から帰るなりいつもいる場所に
ジャージーがいないことに気づいた息子は「どうして元気なのに出したの?」
と食い下がってきました。

そこで私は

 「夏から治療しても赤ちゃんができず、もうお乳も出なくなっていた」
 「もうすぐ浅間から帰った牛が子牛を産むときに飼う場所がない」

ということをできるかぎり説明しました。
息子なりに理解したようですが、病気で苦しんでいる牛でもないのに何故
という気持は残ったかもしれません。

最近はテレビでも老犬老猫が大切に飼われている様子が放映されるので
経済動物が違うのだということはまだ年齢からしても理解できなくて
当然です。この感情は馴れてやり過ごすことができても大人でも完全には
理解できないままかもしれません。

せめて最後まで愛情と責任を持って牛を飼養する姿を息子にみせることで
自然に理解してくれるのを待つしかないように思います。
辛いかもしれませんが、そうやって動物の命のことを考えてくれることを願っています。

イルカントデルマッジョ
イタリア・トスカーナの小さな旅篭レストランでの10年以上に及ぶ修行中に
このブログを通じて出会った料理人のたむちん。

ご報告が遅れましたが彼は去年4月に京都に念願だった自分のレストランを
開店させました。お店の名前は彼が働いていたあの小さな旅篭レストランの
と同じ「イル・カント・デル・マッジョ」(日本語訳で五月の歌という意味)
既に料理王国などのメジャーな雑誌にも紹介されトスカーナ料理に特化した
本格的なイタリア料理の店として着実に知名度を上げているようです。

実は、彼のお店では開店以来ベーベ工房のリコッタチーズを使って下さって
います。彼の修行したトスカーナではヤギ乳のものも含めてリコッタチーズは
料理にデザートに多く使われる素材で、イタリアからの一時帰国のときに
彼は群馬に足を運んでくれて製造現場を見学してくれました。
(尚、現在リコッタチーズ製造の過程で使っている専用の小さなザルは彼の
尽力でイタリアから送ってもらった専用のものです)

リコッタチーズはデザートとしてそのまま食べてもおいしいチーズなのですが
料理の素材としてはまだまだプロでも詳しくない方も多いチーズですが
普段使いの素材としてリコッタチーズを手の内に入れた彼にかかるとお客様にも
評判の良い料理やデザートに変身しているようで、私たちにとっても大きな励みと
喜びになっています。年末には見事なリコッタを使ったチーズケーキを送って
いただきましたが、掛け値なしに美味な逸品でした。

最近の私は、50才を間もなく迎えることや原発事故以来の漠然とした不安も
あり、かつてのように販路開拓よりも彼のように本当に私たちの製品を
大切に扱って下さるお客様へたとえ将来的には規模を縮小しても作りたいと
思うようになりました。誠実で料理に対しての真摯な情熱を持つ彼の活躍は
何よりの励みとなっています。心からお店の発展を応援しています。

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   (彼に贈った上州和牛を焼いたビステッカ。この肉料理はお店の看板料理です)

紹介記事
 
   (専門のライターによる紹介記事。彼の料理の特性がよくわかります) 

お店の住所です。

京都府京都市中京区堺町通蛸薬師下る菊屋町512-2
TEL 075-211-7768   (木曜定休)
算数の勉強
最近私が夢中になっているのが算数です。きっかけはもちろん息子の勉強ですが
生れてはじめて算数が面白いと思いました。これには自分が一番驚いています。

一年生の息子は学研教室で既に小学校二年生の後半のテキストをやらせて
いただいています。今のところとても順調に楽しみながらこなしています。
そのテキストを見ると私が子供時代には少なくとも学校では習わなかった
解き方がでていて非常に興味深く感じました。

たとえば

 15-7-3 という式を 15-(7+3)=10 にして解くという問題が出ています。
(おそらく学校ではやらないはず)こういう楽に正確に回答する方法はとても新鮮でしたし
子供の数的なセンスを身に着けるためにも大切だと思います。

そしてこれは高学年のそれも中学受験レベルのことですが、入試問題の
定番食塩水の濃度の問題も、「面積図」という思考方法でとても楽に解く
ことを知りました。濃度4%の食塩水100gと濃度12%の食塩水を400g 
混ぜると、何%の濃度の食塩水になりますか?という問題ですが

これを100×4=400という長方形の面積と
400×12=4800 という長方形の面積として式をたてます。
そして、その面積を合わせて 400+4800 = 5200

これをひとつの大きな長方形の面積と考えて、

 ○ × 500=5200

 ○ = 5200 ÷ 500 = 10.4%

となりますが、この解法をもし小学生で教えてもらっていたら
少なくともあそこまでの私の数学への苦手意識が克服されたのではと
今さらのように思います。(もしかしたら当時から受験用の塾では教えていたかも)

中学受験プレステージ問題集小学2年算数中学受験プレステージ問題集小学2年算数
(2009/03)
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現在、あくまで参考書程度にこの二年生の市販の問題集が手元にありますが
二年生のハイレベル問題としてこういう問題があります。

       24 □
   14 21 28 □
         □

これは九九の表の問題ですが真中の□が35五の段ですので上が30下が40となります。
息子は真ん中を35と解答したときにすぐに縦が5かゼロの一桁の数字が来ると
理解できていました。

こうやって数的なセンスを身に着けていく問題がとても納得できる解法で教えられている
ことにとても新鮮な感動があります。算数も進化しているのですね。        

今さらの繰言ですが、私の場合なまじ理科系に優れた両親ができると
いっても自己流の大人の理論で無理に算数を教えようとしたことが
裏目に出ました。いたずらに疲労感と劣等感が募り鶴亀算や通過算で
完全にホールドアップ。後年名門私立中学から進学した会社の後輩が
文系なのに数的センスがあることにびっくりして聞いたら塾でいろいろな
方法を楽しく教えてもらったと言われびっくりしました。

理系に進むならもちろん文系に進んでも柔軟な頭を持つために
数の楽しみ方は身に着けておいて損はないと思います。
五十の手習いなのですが、算数のとても進化した教え方に夢中になって
いる今日このごろです。

百人一首
先週の土曜日、息子を学研教室に迎えに行ったら授業の終了後
中学生と高学年の生徒に混じって息子も百人一首に参加していました。
中学生はもうすぐ大会だそうでなかなかに熱い戦いでした。
私も思わず夢中になって途中参戦しけっこう札を取りましたよ。(笑)

家族で楽しめて伝統文化にも触れられる百人一首は私も大好きです。
群馬の上毛かるたもなかなか面白いですが百人一首の方が高度です。
それぞれ好みの歌人や歌もありますが私は女流歌人の歌が好きです。
特に67番の周防内侍の次の歌はオトナの女性を感じさせて大好き。

 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たぬ名こそ惜しけれ

周防内侍は天皇に仕えるキャリア女官。歌人としても有名です。この歌が詠まれたのは
時の関白藤原教道邸での早春の宴の晩。宴もたけなわとなったころちょっと眠くなった
彼女は横になろうとつぶやきます。「枕もがな(枕がほしいわ」。それを聞きつけたのが
いわば仕事仲間の大納言藤原忠家。御簾の中に腕を入れて「これをどうぞ」。(笑)

これに対して周防内侍が返した歌が上の歌。訳すと

 春の夢のようにはかなくあてにならないあなたの腕をお借りしたら、立ってもかいのない
 あなたとの噂が立って困りますのよ。どうせあなたにとってはお戯れですもの。

という意味です。訳によっては「NO」をはっきり言ったと解釈しているものもありますが
私はいわば職場の同僚として気心の知れた洒落者の男女が楽しみながらギャラリーの
前で即興のラブストーリーを演じている心弾みを感じます。
大体、大嫌いな男が腕を差し出せばただのセクハラだし、嫌いな男になら後世に残るような
こんな素敵な歌を即興で詠まないのが女性というもの。(笑)忠家も「いえ、私の気持ちは
本物です」と洒落た歌をすぐに返して二人のやりとりを十分に楽しんでいます。

百人一首には平安朝を代表する才女達の歌がたくさんあって、大人の女性のユーモアや
知性やウィットを感じます。あの時代ヨーロッパは中世のキリスト教の暗黒時代で日本の
文学の水準は世界一だったと思います。源氏物語も枕草子もそんな世界を背景に
したからこそ生まれたのです。

この周防内侍の歌のような本当の大人の知性に憧れます。
現代でも男女といえば夫婦か恋人かしか想像できない大人が多い中、人の心の
親疎による温かい関係も存在すると思わせてくれて、人の心の温かいユーモアが
どれだけ人生を豊かにしてくれるか周防内侍と藤原忠家は語ってくれているようです。
そんな豊かな大人の世界が百人一首にはたくさんあります。
畜産農家のコンプライアンス
昨年暮のトラクターの修繕費用の請求書が来てその金額に思わず主人に
「飼いえさオンリーの方が安いくらいだね」と言ったら主人が「堆肥の処理の問題が
なければね」とすぐに言い返したのですが、これは主人に軍配です。
畜産農家であるならば誰しもが避けて通れないのが堆肥処理つまり家畜の排せつ物の
適切な処理です。

家畜の排せつ物の処理について農林水産省のHPにはこのように記されています。(抜粋)

家畜排せつ物は、野積みや素堀りといった不適切な管理によって悪臭の発生要因と
なったり、河川や地下水へ流出して水質汚染を招くなど、環境問題の発生源としての
側面を有する一方で、たい肥化など適切な処理を施すことによって、土壌改良資材や
肥料としての有効活用が期待されるなど、農村地域における貴重な資源としての
側面も有するものといえます。
このため、
(1)野積み・素堀りを解消し家畜排せつ物の管理(処理や保管)の適正化を図りつつ
(2)家畜排せつ物の利用促進を図ることにより

健全な畜産業の発展に資する目的で、『家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に
関する法律』(家畜排せつ物法)が平成11年に制定され、同年11月1日に施行されました。
  
                       (農水省HPより)


この法律に基づいて私たちも堆肥処理のための施設を作りました。
この法律に違反すると最悪は警察が介入して罰金なとの刑罰の対象になります。

畜産農家は安全で美味しい牛乳や肉や卵、さらに私たちのように加工をしている
場合は製品を作ることが一番大切な仕事ですが、その大前提としてのコンプライアンス
遵守の筆頭に上げられるのがこの家畜排せつ物の法に則った処理と、食品衛生の基準を
満たす生産物の管理ではないかと思います。

この法律の施行前のことですが、私の住む市(当時は合併前で隣の村でしたが)で
大規模な法人経営の養豚農家で素掘りにして処分(いわゆる垂れ流し状態)していた
糞尿が住民の飲用に供するための水源に流れ込み、数日間にわたって周辺住民が
水道水を使えず、給水車が出て警察が出動する大事件になったことがあります。
被害住民の中に主人の叔母もいて、給水車が大行列で寒い中こちらの家までポリタンク
を抱えてきていたことを思い出します。この会社の社長が後にこだわりの豚肉のために
という内容で業界紙でもっともなことを語っていた記事を見て最低限のことは守れよ
と思った人間は私だけではないと思います。

家畜の排せつ物や堆肥の処理はそれ自体が収入になるわけではない仕事です。
でも生産の大前提としてこのコンプライアンスを遵守できない畜産農家はいかに
良質な生産物を世に出してもモラルを問われ近隣トラブルを抱えることになります。
だから家畜の排せつ物と堆肥の処理はどんなに忙しくても私たちもやっています。
自慢でも何でもなく畜産農家として最低限のコンプライアンスだからです。

ところで何でこんな当然のことを書いたかと言うとある方がしつこくコメントで
今は廃業したこだわりのモッツァレラチーズを作っていた農家のチーズは
冷蔵保存でなくてもうちのような冷蔵保存のチーズより遥かに素晴らしい
あなたの味覚は(作るのは主人なんですが)たいしたことはないと書き込みを
してきたからです。廃業された方ですし情報源である関係各所に迷惑をかけたくないので
詳細は書きませんが、いかにこの方が絶賛するチーズを作られていたとしても
あの「悲劇」の以前からこの農家が家畜の汚水の処理を巡ってたびたび下流の
住民とトラブルになってその他にもトラブルが多くモラルに疑問を持たれていた
ことをこの方はご存知なのでしょうか。
嗜好は自由ですが、チーズのことにそこまでこだわるならその基本部分の
畜産農家の最低限守るべき責務とコンプライアンスにも目を向けて意見して
いただきたいと思います。特に家畜排せつに関する部分は牧場を始めてまもないから
大目にみろということはできない法律問題ということも知って発言して下さい。

殿堂入り
昨日、広島カープの全盛時代を代表する投手だった北別府学氏とともに
1993年に脳腫瘍のため32才で夭折した「炎のストッパー」故津田恒実投手が
野球殿堂入りを果たすという嬉しいニュースがありました。

生粋の広島県人だった父が熱狂的なカープファンだったこともあり私も
10代~20代は全盛期のカープの大ファンでした。特に連続日本一となった
1979年と1980年のことは今も記憶に鮮やかに残っていて高校三年の受験期にも
かかわらず高校を早退してまで日本シリーズをテレビ観戦していたものです。

津田投手がドラフト1位でカープに入団したのが1981年。
私が大学一年の秋でした。翌年のデビューの年にカープ史上初の新人王に
輝いた津田投手はスランプや血行障害に苦しんだこともありますが、リリーフに
転向してからは炎のストッパーの異名どおり気迫のこもったピッチングで
多くのファンの心を奪いました。

投手として全盛期を迎えた1991年の春。巨人戦に登板したもののメッタ打ちに
あった津田投手は病院で悪性の脳腫瘍と思いもかけなかった宣告を受けます。
当時の新聞に「津田投手、水頭症のため入院」とあったのですが、私はショック
と同時に「大人が水頭症?」いぶかしく思ったものですがこれは球団の配慮による
病名を隠しての報道でした。

その後、夫人の献身的な看護と津田投手の並外れた努力で一時は現役復帰に
向けたトレーニングができるほどの回復をみせましたが1993年初夏に再発。
オールスター選さなかの1993年7月21日津田投手はこの世を去りました。

次の日だったと思いますが、私は通勤の帰り道、東海道線の車内で
隣の男性が読んでいた新聞に「津田元投手、脳腫瘍のため死去」と
大きく出ていたのが目に入り息が詰まるような衝撃を受けると同時に
あの水頭症というのは脳腫瘍のことだったのだと2年前のニュースを
思い出していました。暑い夏の夕方のことでした。

その後不世出のこの投手を特集したNHKの番組や夫人の著書や岸谷五朗さんが
津田投手に扮したドラマなどを通じ津田投手の名前は当時を知らないファンの
心にも残ることとなりましたが、殿堂入りのニュースで津田投手が突然の引退を
してから20年もの年月が流れたことを知りました。

最近のカープは有力選手が揃ってFAで移籍したこともあり万年Bクラス
を低迷していますが、今日の朝日新聞には北別府・津田両投手のことが
大きく報道され懐かしさと嬉しさで言いようのない気持になりました。

津田投手はドラフト~全盛期~死までをファンとして見守った私にとって
自分の若き日を重ねて応援した唯一の投手です。
私があのように野球に熱狂することは今後はもうないだろうと思うだけに
今回の殿堂入りのニュースは特別に心を揺さぶるものとなりました。


ずっと愛用したいから
私の作る日常の料理に欠かせないのが福島の西白河郡の蔵元
大木代吉本店の料理酒です。天然のアミノ酸が豊富なこの料理酒は
プロの愛用者も多い逸品で私はもう10年以上ずっと愛用しています。

料理酒
                 (画像はお借りしました)

現在手元にあるものはすべて平成22年度以前の米で仕込んだものですが
今後もずっと使い続けたい者としては今後の原料の米の安全性がどうしても
気になるため、いつも楽天ショップで購入している同じ白河の食材店に
今後の料理酒のことを問い合わせました。スタッフはとても誠実な方で
醸造元に米の作付けや安全性のことも含めて納得のいく資料をいただいて
私の方に連絡をすると約束して下さいました。

私が消費者として直接蔵元に問い合わせたらと思われるかもしれませんね。
私もそれがベストだと思いますが、同じ生産者として米の安全性に揺れており
今年の米の作付けができるかも不透明な福島の状況を考えると、蔵元も
辛くないわけがないと思い、おそらくこの蔵元と付き合いが長いと思われる
この地元の小売店から聞いてもらうことにしたのです。群馬の私ですら去年の春先
電話で消費者と言う方から電話でいきなり「おたくの商品は放射能大丈夫?」
と聞かれたときはかなりナーバスになりましたから、そのあたりの機微を考えました。

原料米や水、そして製品そのものから放射性物質が不検出であれば私は今後も
ずっとこの料理酒を使い続けるでしょう。ずっと使いたいものだからこそ同じ
生産者として蔵元への配慮も自分なりに大切にしたいと思いました。

福島でアミノ酸の多い料理酒に向く酒用の米を作り、失敗を重ねながらも
一般の日本酒では代替できない料理酒というジャンルの日本酒を作り上げた
この伝統ある蔵元がこれからも安全にこの逸品を作り続けることができますように。

追記
  販売店からとても誠実な回答の電話を頂きました。
  蔵元は現在ある酒のすべての検査をして不検出を確認してボトル詰め
  及び出荷をしているそうです。来年は原料の米を山形で作付けするとの
  ことでした。非常に明快で誠実な回答に納得しました。ありがとうございました。
ひそかな争奪戦
ブラウンスイスはなかなかメスが生まれないというのが定説(?)ですが
うちのブラウンスイス子牛のハイジを売って下さった知合いの酪農家が
数年前栃木から購入したブラウンスイスは俗に言う女腹で、メスの双子を
始め数頭のメスを産み、さらにその娘牛もメスを出産し(その一頭がハイジ)
順調に子孫を残しています。

ただ酪農家としてはあまりブラウンスイスが増えてもということで去年暮れに
生まれたハイジの妹をもしよければうちで買ってくれないかというニュアンスの
ことを獣医さん(双方の牛の診療をしています)に漏らされていたそうです。

去年はメスがほとんど生まれなかったので個人的には前向きですが、先日の
組合の新年会で主人がブラウンスイスのことを前橋の仲間の酪農家に言ったところ
「可愛いから是非飼ってみたい」とのことで、主人の携帯にもかけてきて是非うちに!
と猛アタック状態です。主人としても内心欲しいので慎重に対応しています。

獣医に相談したところ、このブラウンスイス子牛がこのところちょっと下痢が
長引いているので、もう少し様子を見て決めたほうがいいとの意見をいただきました。
下痢が長引くと回復しても、発育が遅れたり種付けが上手くいかなくなる可能性も
あるからです。そのことは主人もこの欲しがっている酪農家に伝えました。
つまり様子見状態ですね。

私としては今回は何が何でも欲しい!という気持ではありません。
できれば、くらいの気持なので子牛の回復を待ってできれば春までは
慣れた場所で飼ってもらいという様子見状態です。

ブラウンスイスは確かに可愛いんですが、とにかく大きいんです。
それがちょっとネックかもしれませんが可愛いことは確かです。(笑)
春までひそかな争奪戦が水面下で続くかもしれません。希少種ですからね。




15年
先日、飲食業は地元商売だという友達の意見に共感すると書きましたが
多分それは私がある程度今の仕事の経験を積んだことに加えて、私が
群馬に来て今年で15年になったということもあるのだと思います。
私事ですが今年の1月で私は結婚15年になりました。

ベーベ工房を始めたのが結婚の翌年。だからまだ私は群馬のことは何も
知りませんでしたし、東京や横浜の方が遥かに自分になじんだ場所でも
ありました。当時は地産地消という概念も一般的でなく、少々値段の張る
差別化商品は都会でしか売れないという事情もあって、私の営業の目は
ほぼ都会に向いていたと思います。

地元でもずっと出荷は続けていますが、気持の上で地元商売の大切さを
実感できるようになったのはここ数年ではないかと思います。
歳月の積み重ねと同時に息子を通じ学校やママ友さんと交流することが
多くなったことが地元の食材を知るきっかけになったり、地元への
好奇心が育つことになったことも大きな心境の変化に繋がりました。

15年と言えば私の生きてきた人生の3分の1近くになりました。
それを思うと感慨深いものがありますし、一滴も関東以北の血を
持たない私が、友達と可愛い群馬弁(群馬に限らず子供の方言って
可愛いんですよね)で話す息子と暮らしていることに歳月の豊かさや
温かさを感じながら仕事をしているこの頃です。

輸入乾草
関東以北のほとんどの酪農家は県や組合の指導により去年3月の
原発事故以来、成牛(搾乳牛)には自家栽培の牧草ではなく輸入した
乾草を与えていると思います。私たちも牧草の検査をした上で育成牛にのみ
牧草を与え搾乳牛には輸入乾草を与えています。(一応組合を通じて東電に
補償を請求済)

ところで、今日から多くの学校で三学期が始まり学校給食もスタートですが
冬休みの期間は飲用牛乳の需要が減り例年余剰分が脱脂粉乳などの加工分に
回されますが、去年秋~暮はこの加工に備えて何としてもセシウムの検出ゼロを
目指して保健所が地域ごとの酪農家数件をピックアップして牧草(ロールで保管した
状態のもの)の放射性物質を検査し地域ごとの安全性のチェックをしていました。
脱脂粉乳は乾燥状態なので放射性物質濃縮され検出リスクがあるからです。
幸い特に連絡がないので、群馬では大きな問題なくこの時期を乗り切ったようです。
ここでセシウムが出ると乳価交渉にも響くので組合も生産者も必死でした。

昨日、主人は組合の役員なので酪連の新年会に行ってきました。
この席でも放射能の問題が話題になり、その中で乾草のことも話題になり
福島では現在東電に費用を請求して酪農家は育成牛にまですべて輸入乾草を
与えているので、福島の牛乳はある意味日本一安全かもしれないという
何とも言いようのない情報もあったということでした。

最近は以前より家畜保健所からの指導文書が減りましたができれば
搾乳牛への輸入乾草給与については再度の徹底を通知した方がいいのでは
と個人的には思います。放射能リスクの付き合いはまだまだ続きそうで
ちょっとため息が出ています。



地元商売
年末に商談に伺った同じ市内の道の駅は嬉しいことに店長から取引開始の
お返事をいただくことができました。ここの直売所は直売所の常として買取では
なく残ったものは引取る委託販売ではありますが、10年前のオープン以来
とにかく四季を通じて賑わっていて、この近郊の名所でもあり長年取引をしたいと
思っていました。

ところで、仲良くしていただいている食通のブロガーさんが先日の食べログ騒動を
巡って「飲食業の基本は地元商売」と書いておられましたが本当にその通りだと
思います。直売所や私たちのような製造は店を構えての飲食業とも違いますが
長く売れ続けて成長していくためには、観光客や他県に出荷するだけでなく
地元客が日常足を運んで購入することは必須条件のように思います。この地元の
道の駅は観光客も多いですが、とにかく直売所の商品が充実しておりスーパー
並に地元民が日常足を運ぶことが成長の要因だと傍で見ても感じます。

委託販売ですが、特に春以降はある程度ヨーグルトも売れると見込んで
いるのでわかりやすく喜んでいただけるためのPOPなども作成して
差別化を図りたいと思います。

地元商売の(私なりに考えての)落とし穴を一つ。
それは地元だからわかってくれるだろう、という安易な甘えは慎まなければ
なりません。特に放射性物質関連のことは小さな子供が口にすることも多い
乳製品の製造者として他県のお取引先と同じく検査を受けるたびに結果は売場に
出して生産者としての責任は果たすつもりです。

ともあれ良いお返事をいただけてほっとしました。
暖かくなる三月以降の出荷を予定しておりますが、まずはご報告まで。

今日から始動
本日の仕込み分から今年のヨーグルトを製造します。
チーズも水曜日から製造です。

今年も、適宜組合の行う放射能関係の検査の他に自主的な検査を
受け安全でおいしい製品を作るように努力いたしますので
どうぞよろしくお願いいたします。

Jerusalem
イギリスの基本的な宗教はプロテスタントである英国国教です。
(日本では聖公会。立教大学や聖路加病院の宗派。私もこの宗派のクリスチャンです)
イギリスにはスタンダードな賛美歌の他に愛国歌とも言われる英国国教固有の賛美歌が
あります。そんな曲のひとつがこの「エルサレム」です。



この曲は1981年のアカデミー賞作品賞に輝いた名作「炎のランナー」のラストでも
演奏され耳にされた方も多いのではないでしょうか。
去年四月のイギリスのウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式でも全員によって
荘厳に歌われました。

歌詞はウィリアム・ブレイクの詩から取られていて一部を紹介します。
炎のランナーの原題 Chariot of fireはこの詩の
一節からとられています。

Bring me my Bow of burning gold:
Bring me my Arrows of desire:
Bring me my Spear: O clouds unfold!
Bring me my Chariot of fire!

ぼくの燃える黄金の弓を
希望の矢を
槍を ぼくに ああ 立ちこめる雲よ 消えろ
炎の戦車を ぼくに与えてくれ

         (Wikipedia より)

誰かがイギリスはこの曲の他にも国民が辛いとき歌うことで心を保ち前を向く
ことのできる愛国歌を持っていて羨ましいと書いていましたが、私もそう
思わないではありません。私はこの「エルサレム」は小さい頃から耳にして
いましたが、国境を越えて心を打つ素晴らしい曲だといつも思います。
「絆」という言葉を繰り返すよりもこの詩の一節を口ずさむだけでも。


食べログ騒動
以前からサクラが書いているものがあるなどの不正の噂が聞こえていたネットの
グルメサイト「食べログ」ですが外部の業者によって、ランキングを上げる
という不正が行われていることがテレビのニュースでも流れました。

不正があったということは今さら驚きもありませんが、ちょっとした食べログ
での順位によってあっという間に店に行列ができたということもあるようで
今さらながら美味しさの基準を自分の舌と感受性で決められない日本人の
食文化の貧弱さを痛感しました。

最近は食べログなどネットでのグルメランキングが隆盛ですがバブル期~
90年代はhanakoなどの雑誌がおいしい店を判断する基準になっていました。
当時から男のくせに仕事中からこういう雑誌をチェックしては会社の宴会に
使う上司がいたのですが(笑)、雑誌では絶賛している店が自分はちっとも
おいしく感じなかったということはしょっちゅうでしたので、私は昔から
メディアでのグルメランキングや採点はまったくあてにしていません。

今回横浜に帰省して改めて感じたことに、マスコミやグルメサイトで高評価
だとか行列ができる店ともてはやされている店が必ずしも自分がおいしいと
思う店ではないということでした。例えばお蕎麦。
実家近くの百貨店のレストラン街では人気の店として有名ですが
私が普段からご贔屓にしているママ友さんご夫妻が経営する近くの
お蕎麦屋さんの方がすべての面で上だと断言できるものでした。
息子の食いつき方が違うことでもわかりました。(笑)食べながら
群馬が恋しくなりました。

おいしい、とか素敵なお店ということは自分で決めればいいことなんじゃないかな。
自分がおいしいと思ったお店に友達や家族を連れていったり、ちょこっと
ブログに書いたりそんな純粋な口コミ評価で十分なんじゃないかなと私は思います。

群馬で私が時々行くお店は上記のママ友さんご夫妻のお蕎麦屋さんの他
結婚以来主人ともども仲良くしていただいてマイカップも預けてある
珈琲店など家族経営の店ばかりです。マスターの珈琲のおいしさはもちろん
ですがトマトソースから手作りのシーフードパスタは絶品で息子がお腹にいるときから
私のお気に入りメニューになっています。マスターとのおしゃべりも
大切なおいしさの要素になっています。(ソルジェニツィンの話題で盛上がることも)

こういう小さな田舎のお店がネットでもてはやされることはおそらく
今後もないでしょう。でもおいしさを知っている常連さんでいつもお店は
賑わっています。常連さんの心とお腹をいつも温かく満たして。
それで十分ではないでしょうか?名店の条件として。

息子と行くお出かけ②(野毛山動物園)
5日に主人の運転する車で群馬に戻りました。
横浜の母も孫の成長に大喜びで、「あなた(私のこと)の子供時代より
ずっと利発で」とババ馬鹿満開で何よりの親孝行ができました。

1月3日は二人で野毛山動物園に行きました。二年前に続いて二回目です。
12月に国内最高齢を祝ったラクダのつがるさんにも念願のご対面をしました。

031.jpg

    寝ていることが多いそうですが食欲も旺盛だそうです。
    長生きしてね。

そしてひよこやハツカネズミ、モルモットと触れ合うことのできる広場ですが
二年前は怖がって触ることのできなかった息子は、今回はちゃんと抱っこして
二年前のリベンジ(息子談)を果たしました。一年生は学校で交代でモルモットの
世話をしており、10月には獣医さんが学校に来てくださって抱き方などを指導して
下さいました。その成果が出ていますね。獣医志望の息子としてはここは負けられない
という気持だったかな。

036.jpg

041.jpg

 横顔なのでちょっとだけ息子を公開。(笑)

野毛山動物園は開園60年です。今も無料でこれでけの動物が公開されていることに
心から敬意を表したい気持で一杯です。60年記念グッズのアニマル絆創膏が可愛くて
まとめ買いしちゃいました。個人的な嗜好ですがオリジナルグッズも野毛山のものは
非常に心がこもっていて、ポップコーンだけで1500円もするディズニーランドと
何か価値観そのものの差すら感じます。
決してアミューズメント施設ではありませんが心温まるひと時を息子と過ごせて
とても幸せな時間でした。

石原軍団の炊き出しレシピ
最近はネットでほとんどのものが購入できるので以前は実家に
戻ると毎日のように行っていた百貨店に今回は殆ど行きませんでしたが
今日は午前中、息子を母にみてもらい一時間ばかり大型書店に行ってきました。

ここ数年、新書も古書もアマゾンで購入してまったく不自由を感じませんが
それでもリアル書店に行くと思いもかけない本との出会いという喜びが
あります。本日そんな出会いのもとに購入したのがこの「石原軍団炊き出し
レシピ33」です。料理本をコーナーにありました。

ファンには申し訳ありませんが、私は長年石原軍団の役者さんたちが
少々苦手でした。演劇好きにはあの刑事ものが稚拙に見えたのかも
しれませんね。でも炊き出しボランティアをする彼らには人間としての
良質さを素直に感じましたし、そういう素敵な年の重ね方を役者としても
「坂の上の雲」の渡哲也さん(東郷平八郎役)や舘ひろしさん
(島村速雄役)にはほれぼれするほどの魅力を感んじました。

去年の大震災後の石巻でも1週間、石原軍団が炊き出しに行き
被災者に喜ばれましたがあの定番メニューのレシピを知りたいと
ずっと思っていましたのでこの本は即決購入でした。

レシピはカレーやおでん、豚汁など名物メニューが細かく説明されています。
私は普段毎日、かなりの量の料理を作っているのでこういう大人数向けの
レシピは(もちろん自分のレシピもありますが)素直に心に入ってきます。
そういえばこの頃多忙もあり大型のクルーゼの鍋でばかり作っているな。(汗)

石原軍団炊き出しレシピ33―つくってあげたいこだわりごはん石原軍団炊き出しレシピ33―つくってあげたいこだわりごはん
(2011/11)
石原軍団炊き出しプロジェクト

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併せて購入したのがこの銀座のインド料理の老舗ナイルレストランの
レシピ本。長年96年発行のミラ・メータ女史のインド料理本を
愛用していますがこの本もなかなかよさそうです。

table style="width:75%;border:0;" border="0">ナイルレストランが教える はじめてのインド料理ナイルレストランが教える はじめてのインド料理
(2011/06/17)
ナイル善己

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プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

製品に関するお問い合わせは以下のアドレスにお願いします。

ベーベ工房のアドレス

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