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アンドラーシュ・シフ 「イタリア協奏曲」
バッハの作品の中でも人気の高い名曲です。
原題は「イタリア趣味による協奏曲」。バッハは自分より少し年長のイタリアの作曲家
ヴィヴァルディの華やかな作風に憧れ彼の作品を編曲したりして勉強していました。

協奏曲というのは本来ソロ(ピアノやヴァイオリン)が奏でるメロディーラインと伴奏部分の
オーケストラの掛け合いで演奏されます。バッハはこの本来のソロと伴奏のパートを一つの
チェンバロ(大型の二段鍵盤のもの)で表現しようと試みました。
その作品の一つがこのイタリア協奏曲です。

敬虔なルター派のプロテスタントであり教会のオルガニスト兼作曲家として生涯を送ったバッハ
にはいかにもドイツ人らしい重厚で内省的な曲が多いのですが、イタリア協奏曲は非常に
明快で華やかな作風となっているのが特徴です。



本来はチェンバロのための曲ですが、最近はピアノで弾かれることも多くなりました。
この画像はハンガリーが誇るピアニスト、アンドラーシュ・シフの弾くイタリア協奏曲です。
ポゴレリッチが「火」なら、シフは「水」といった感のある非常に端正で、クリアで静謐な音楽を
奏でるピアニストです。彼のそのような美質はバッハやモーツァルト、ショパンなどで
余すことなく発揮されます。私の好きなピアニストで常にベスト5に入る存在です。

以前、お客様でピアノ教師をなさっている方と電話で話が弾み、私がシフが好きだと
申し上げたら「シフの音楽は、コンサートで最後まで聴いても耳障りなところがなく聴き終わって
いつもほど良く暖かい感動があると思う。自分も素晴らしいピアニストだと思う」と仰って
いただき嬉しく思いました。おいしい料理は、ひとつのお皿が強烈な主張をするのではなく
デザートまで食べ終わった時に、満ち足りた幸せを感じると聞いたことがあります。
シフの演奏を聴くたびにその言葉が胸に浮かびます。
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夢の持てる酪農を
先日の交渉でようやく乳価の10円アップが決定しました。
その交渉の場で生産者の代表が口にしたことは「再生産の可能な酪農」ということでした。
つまり、次世代に繋がる形の健全な酪農が安全な牛乳には不可欠ということです。
目先の赤字補填ではなく、次の世代が夢を持てる酪農を。この言葉はとても心に残りました。

時々40代になった自分もそろそろ、酪農やベーベ工房の仕事を全うしながら次の世代が
夢を持てるようなことを意識に入れなくては、と思うようになりました。
必要とされれば経験や知識を伝授し、苦しいことも多いけれど自分の手で自分のブランドの
製品を消費者に届ける喜びや出会いを何かの形で必要とされれば伝えてゆこうと。
新卒の頃は「新人類」と言われた1960年代生まれがこういうことを考えるようになったとは
自分でも感慨深いです。おこがましいと自分でも思いますが。
10~30代の若い世代が夢を持てる酪農が続いて欲しいと願っています。

冬場の子牛の世話について
群馬はすっかり晩秋になりました。北海道に比べたらまだまだ楽ですが、それでも
年が明けて1月、2月は結構な寒さとなります。(私は寒がりです)

牛の管理は成牛と子牛では全く適温が反対です。
ホルスタインは元々寒い地域の原産なので、基本的には「寒さに強く暑さに弱い」生き物です。
ところが、子牛は「寒いとお世話に気を使う」となり、夏のほうが精神的に楽です。
人間の子供と同じで体温維持機能がまだ未完成だからです。

冬場に生まれたスモールで一番怖いのが風邪をこじらせて肺炎を起す事。次が下痢です。
熱が出ると生後3ヶ月くらいまでの子牛は、体の毛を逆立てたり見た目にも苦しそうに
なります。最近は飼料の食べなどを見て発熱を疑えばすぐに獣医に診察していただき
初期段階で直すことができています。
肺炎が長引くと完治しても発育が遅れたり(そうなると初種付け~分娩が遅れて経済的な影響も
大きくなります)、搾乳するようになっても小柄なままだったりすることもあります。
そういう事情もあり、特に晩秋~3月位に生まれた子牛の育成には細心の注意を払っています。
(特に小さく生まれるジャージー牛。ちろりが夏生まれで本当に良かった)

子牛の下痢も健康管理で気を使います。子牛はまだ消化器が弱く季節を問わず食べすぎや
飲みすぎだとお腹を壊す事が多いのです。個体差もあり、少しミルクを増やすとすぐにお腹を
壊す子牛は特に量を増やす時は神経を使います。
場合によってはミルクを休み治療用のいわゆる「ポカリスエット」に薬を入れて胃腸を休ませて
脱水を防ぎます。
まこやんの牧場にお嫁入りした子牛も、まこやんにミルク量を話して託しました。
まるで、娘の嫁入り先で口を出す姑のような気持ちでした。(爆)

冬にも子牛が生まれます。フリースとジャケットを着こんで頑張ります。
未来のドル箱娘ですので。(笑)
それに息子に次いで可愛い存在ですからね。
安全なおいしさを贈りたい
お歳暮シーズンまであと1ヶ月を切りました。
我が家にも続々とお歳暮用のカタログが届いています。
今年はいつになく「安全」を大きく打ち出している会社が多い気がします。
「国産」「顔の見える生産者」etc...........。
私が時々注文する京都の「京とうふ藤野」さん(丸ビルにもレストランがあります)は立派な
カタログに豆腐を製造する職人さんの写真とインタビューまで載せていました。
おしゃれな豆腐屋のイメージの藤野豆腐さんが、あえて無骨な正直さを打ち出しています。

商品案内のカタログも気に入ったものは例の「うのファイル」に入れているのですが

     「う」のファイル10年以上もコレクションしているとカタログから「食の今」が見えてきます。
今年は、特に食糧の自給率のこと、そして不況感、そして何といっても中国産の食材に
対する不信から国産の材料から吟味された材料のもので、なおかつ家族で食卓を
囲めそうな食べ物がギフトとしても喜ばれるような雰囲気です。
私も今年は生産者の心の伝わるものを選ぶつもりです。

ベーベ工房にギフトを注文下さる方も毎年いらっしゃって、とてもありがたく光栄に思います。
お届け先に喜んでいただけるように一筆を添えて、できる限りご注文いただいたお客様の
お心が届くように及ばずながら努力しています。
そして、私はやっぱり自分でも贈るギフトを選ぶことが好き。
相手のこと、ご家族のこと、健康状態や好みなどを考えながら。

幸せの仲介役ともいえるギフト。
食の安全や偽装などで回収騒ぎだけは絶対に起きて欲しくない。
ギフトに込められた感謝の気持ちや、応援の気持ち、そして口に出せない淡い思いが
おいしさと一緒に伝わりますように。
煩わしい、という声も聞かれるお歳暮ですが、贈る喜びを伝えるこの文化が受け継がれて
いくことを願っています。
お知らせ
    申し訳ありません。少しブログタイトルを変えました。
     数日間、この記事をトップに置かせて頂きます。

    通常の記事は下段から読んでいただければ嬉しいです。
 
    「ベーベ工房」のワードで検索してくる方の中に
    意図の見えない異常な回数のアクセス数など
    ブログ初心者には荷の重いことがありましたのでタイトルからベーベ工房を取りました。

    拙い記事ですが、翻訳までしていただいた記事があったり
    ほんの少しでも酪農や乳製品のことも伝えることができていたり 
    食の現場で頑張っておられる方、趣味で心を通わせることのできる方との
    出会いは本当に大きな喜びです。

    ブログをやる以上、リスクや感情の行き違いなどがあることは承知しています。
    私がそれを乗り越えてこれからも続けたいと思った力になったのは4月に書いた
    バター不足の記事を「GLOVAL VOICES」が取り上げて下さり春に大騒ぎになった
    バター不足の背景や原因、酪農家の立場を素晴らしい翻訳で7ヶ国語に訳し世界に
    発信くださり、世界中から多くのコメントが届き
     翻訳者の下には英国のBBCからも取材が来たと知ったからです。
    牛乳や乳製品の背景にあることを正しくわかりやすく情報発信することの
    (ささやかな力でも)大切さが身に沁みたのです。
    純粋な趣味や家族のブログならおそらく限られた人にだけ公開するブログにしたと
    思います。
    でも意外に知られてない酪農や牛やチーズのことを少しでもわかっていただきたいという
    スタンスなので原則公開性のブログにしています。

    生きることは書くこと、と橋本治さんがその著作「窯変源氏物語」で書かれていました。
    書くことニは勇気が必要です。橋本さんほどの作家でも書き続けることに悩みや恐怖を
    持ったことがおありなのかもしれません。勇気を持つためのこの言葉を作中、紫式部に
    語らせたような気がしてなりません。
    橋本治さんの言葉を胸に書く勇気を持とうと思います。
    この気持ちがある限り私は書こうと思います。 
    
    拙い半分趣味のことを書いているブログですがこれからもどうぞよろしくお願いいたします。
    
    
Came into my life
ブログの大切な友人が、ご自身のブログで書いていらした言葉です。
ピアニストのポゴレリッチが
ポゴレリッチ50才に
今は亡き最愛の妻について追憶した言葉です。

 「When Aliza came into my life I was 17」
(アリスが僕の人生に入ってきたとき、僕は17才だった)

なんて素敵な妻への追悼の言葉なのだろう。ポゴレリッチの妻は14才才上のグルジア人の
ピアノ教師。彼の生涯の恩師で、妻であり、生涯の最高の友人でもあった女性でした。

私は辞書を片手に、何とか関係の専門書が読めるレベルの英語力なのですが、
この     came into my life    
という表現には心奪われました。訳せば「自分の人生に入ってきた」ということなのですが
ただ「meet(会う)」とは全く次元の違う魂のレベルで感じる出会いが、人生にはあるのだと
改めて感じさせてくれる表現でした。

その言葉にふさわしい相手は結婚相手かもしれないし、恋人や友人かもしれない。
ブログのお友達のように一生お互いの顔を見ることないかもしれない人もいるかもしれない。
でも生涯で何百回と出会える思いではないはずです。

私もこれから既にそのようなかけがえのない友人になっている人に会う時は
この素敵な言葉を思い出してみようと思います。

  When he(she) came into my life I was 30  などと。

この年令が増えてもこういう出会いができるような人生だといいなと切に願います。



書いていて、悲しくはないけれど切なくなりました。秋だからかな。
切ない、と言う言葉で私がイメージするのがこの曲。
シューマンの「交響的練習曲」の後半です。天才少年が天才のまま超一流の大人になって
目覚しい演奏を聴かせてくれるエフゲニー・キーシンの演奏です。

感傷的になってごめんなさい。ブログに温かい励ましをいただいて感激しています。
改めて心より御礼申しあげます。
稲わら収穫中
夏に書いた稲わらの話。
季節の巡るのは早いもので、早くも稲刈りが終わり新米の季節。
それが終わると牛用の稲わらを集める仕事です。

7/26稲わらの話

稲わらを毎年譲って下さる(心ばかりの代金はお支払いしていますが)方によっては、稲わらを
自分で束ねて下さった上に、牛舎まで運んで下さる方もおられます。本当にありがたいです。
稲わらを束ねて、何日か天気の良い日に外で乾燥させてから牛舎の天上部分に収納。
これで秋の稲わらの収穫作業が終わります。

毎年分けていただいている方の他にも、時々「うちのもどうぞ」とご好意でお電話を下さる方も
いらっしゃいます。さっきも夫の後輩が電話を下さいました。
こうやって書いていると、酪農という仕事は地域の方の応援があればこそと思います。
そのお礼に毎年夫がトラクターで田植え前の田んぼをならします。
稲わらの収穫の数日はとても大変ですが、そのたびに近隣の方の支えのありがたさを
感じる季節です。

ベニー・グッドマン「シング・シング・シング」
スウィングジャズの名曲中の名曲。偉大なクラリネット奏者、ベニー・グッドマンの代表作。
初演は1936年。ジャズ奏者として初めてグッドマンがカーネギーホールで演奏した時もこの
曲は演奏され、今ではジャズを超えたクラシックとも言える名曲です。
最近では映画「スウィングガールズ」で耳にされた方も多いと思います。

グッドマンのクラリネットの他、トランペットもトロンボーンも大活躍のこの曲。
その中でも一番の魅力は名ドラマー、ジーン・グルーパの延々と続くドラムのソロ。
(1才から私が聴いている側にいたせいか息子がけっこうドラムのパートを外さずに机を
 叩いてます。 ← 親ばか)
ジーン・グルーパに憧れてドラムをはじめた人も多いようです。



貧しいユダヤ人の家庭に生まれたベニー・グッドマンは教会で開かれていた無料の音楽教室
で手ほどきを受け11才でプロデビューを果たします。
人種差別の激しかった時代に、率先して黒人の団員をバンドに採用したりアメリカの良心を
体現した偉大な音楽家でした。

ジャズ奏者としての彼も好きですが、モーツァルトのクラリネット協奏曲などクラシックの演奏家と
しての彼が大好きです。
私は彼のモーツァルトのCDを愛蔵しているのですが、キレの良さ、粋さ、スウィング感、
どれを取ってもこれ以上の盤を知りません。失礼ながらベルリンフィル盤がもっさりと重く
もどかしく感じたほどです。

シング・シング・シングは子供のブラスバンドが演奏するのを聴くのも好きです。
拙いながらもちゃんとジャズになっていて、牛舎で仕事をしながら思わずラジオに向かって
拍手したこともありました。この曲はやっぱりカッコイイ!

ジャンルを問わず偉大な曲は、様々な人間(プロもアマチュアも)が演奏したいと望み、
様々なアプローチを受けてより輝きを増して後世に残って行くといわれています。
シング・シング・シングもまさにそのような名曲だと思います。
きっと今日も世界のどこかで、プロのバンドが演奏し、子供達がブラスバンドの練習に
励んでいるのでしょうか?
鈴木宣弘教授
先日の記事でアップしたように、来年3月から飲用牛乳の乳価がキロあたり10円アップします。
農業新聞には「満額回答」という文字が躍り、酪農家及び関係者はひとまず安堵しています。
支払いの多い年末のことはありますが、それでもひと筋の光が見えた気がします。
酪農家、組合関係者は夏から各地でデモ行進や集会、陳情を重ねて努力を続けました。
本当にありがとうございました。

再生産可能な酪農の将来を求めて積極的な提言を国に行い、メディアでも語り執筆して
酪農家の精神的な支柱になって下さったのが、鈴木宣弘東京大学大学院教授です。
鈴木教授は特に酪農に関しては知識、見識ともに第一人者でいらっしゃいますが、
その基本にある食糧自給問題でも非常にわかりやすく素晴らしい論説を朝日新聞で
述べておられます。

私はとかく、現場を知らない学者が机上の卓論を語ることにはどうしても厳しい目を向けて
しまうのですが、鈴木教授は酪農の現場をよくご存知の上に地方で開かれる酪農家の
乳価値上げを求める集会にも出席されて活発に発言をなさってこられた生産者の
思いをわかってくださる数少ない学者の一人だと心から尊敬しています。

乳価の10円アップを伝える農業新聞に鈴木教授が、コメントを寄せておられました。
それはずっと酪農家の側に立ち、真剣に酪農の将来を考えて下さる教授らしい温かさの
あるコメントで心から感動しました。
私たちの将来を自分のことのように真剣に考えて下さる鈴木教授の論文を時々読んで
くじけそうな時は自分の支えにしています。
陰ながら、教授の今後の益々のご活躍をお祈りしています。
ALL国産素材のお弁当
10月27日号の「アエラ」はいつになく読み応えのある記事が満載でした。
これは巻末の連載「GO!GO!JUNKIE」の記事。
大手コンビニ「ファミリーマート」では9月末から全28種類のシリーズで全ての食材を国産品にした
お弁当を発売しています。この記事で紹介されていたのは、北海道産の秋鮭と新潟産のキノコ
を使った包み焼きのメニュー。キノコを炒めるバターは北海道産。ゴマは九州産というこだわり。
しかも500円以下の価格設定です。

コンビニは大口需要者ですし、この企画の意図はとても賛同できます。
「中国産素材」「冷凍素材」が当たり前だったコンビニ弁当としては本当に画期的です。
ただし「国内産素材」が売り文句になったり、企業イメージのアップになるのだから時代を
感じます。バブル期以降、高級食材の代名詞の一つが「本場のフランスやイタリアの
食材です」だったのに。
特に私など1960年代生まれだと今では完璧に死語と化した感のある「舶来もの」という
言葉が高級品の代名詞だった時代を思い出し、思わず遠い目をしてしまった。(笑)

奇麗事を言っても農産物が正当な対価で取引され流通ルートに乗らなければ始まらない。
たとえ、食の安全の危機が社会問題化していることを商売に生かしているという面が
あるとしても国産農産物を高く評価して、大口で購入してくれる大企業があるということは
生産者の一人として心強く思います。望むことは一過性のブームではなく、農業の再生産
につながるしっかりとした根っこを持つ食文化に育てていただきたいこと、かな。

それにしても昔は当たり前だった、地元の商店街で揃えた野菜や肉や魚を使ったお弁当が
プレミアム弁当になる日が来るなんて思いもしませんでした。
あの頃はただ何も考えず、おいしく食べていただけでした。何も不安を感じずに。
まず小さな一歩
資料の発送が遅れたことをお詫びすべくD-1のまこやんに電話をしたところ、
嬉しそうな声で「ちょうどけいさんに電話しようと思っていました」とまこやん。

小さな工房を作るために少しずつ準備を始めている様子のまこやん。
保健所の許可を取ることは自分のブランドを持つために絶対に欠かせない条件ですが、
その保健所の方が「低温殺菌牛乳なら、初めは小さな鍋でスタートするくらいの気持ちで」
というニュアンスの助言をくださったようでした。

まこやんも嬉しそうでしたが、私も嬉しい。
何故なら、製造許可のための法律や法令、通達の微妙な解釈を巡っては担当者によって
多少違うものがあり、厳格すぎてかなり高額な機械をそろえなければならない、という担当も
おられるので、まこやんの地区の担当者が私達がかつてお世話になった保健所の担当者と
似たような法解釈であることが見て取れて安心したのです。

乳製品の製造許可を保健所からもらうためにはいろいろな添付資料、法にのっとった作業場の
工事と超えるハードルは多くて、一気にやらないとずるずると何年もかかる怖れもあります。
良い担当者に恵まれた感のあるまこやん。一気に頑張れ!

私達はヨーグルトとチーズで牛乳はやらなかったけど、可愛い後輩が自分で作った低温殺菌の
牛乳を作る夢を実現させてくれるとしたら自分のことのように嬉しいです。
小さな一歩だけど、嬉しいです。応援しているから役に立てることがあれば何でも言ってね。
情報公開がもたらすもの
先日、お取引先のから乳製品を製造しているメーカーに
「中国産の牛乳の使用の有無」を確認するメールが届きました。
繰り返される中国産の食品による健康被害や、事故米などの偽装問題が発覚するたびに
回収騒ぎになり、卸会社もスーパーも本当に頭が痛いと思います。

こういう風潮を反映してか、百貨店やスーパーの中には牛肉に限らず食品全般について
コードをつけてHPなどから生産履歴を検索できるシステムの稼動を始めたところも出ています。
検索項目は、産地、アレルギー物質の有無、添加物、原材料の産地など。
お歳暮シーズンを前に、贈る側と贈られた側の双方がカタログのコードから検索できるシステム
を整備した百貨店もあります。小売店にしても「いつ地雷を踏むか」という重圧は少しでも
減らして本来の顧客サービスに全力を挙げたいでしょう.。そして何より取り扱う製品の
信頼こそが店の品位や信頼を決める全てだからです。

理想はここまでのデータ蓄積をしなくても製品や生産者を信じられること。
でもこれだけ国産も輸入品も含めて商品数が多いとすべての生産データを把握することは
不可能ですからデータ化による商品の情報開示はこれから広まると思います。
多くの商品のデータを消費者が簡単に検索するシステムが普及すると、製造者の食のモラルが
上がると同時に、小売店自身の商品取り扱いの姿勢や信条が情報を通じて見えて
くると思います。食のモラルも上がる代わりに小売店の格差も浮き彫りになるように思います。

ふりかけひとつとっても大手の一般的な商品は20個以上もの原材料や添加物が表示されて
います。それが京都の小さな胡麻屋さんの「わかめふりかけ」(愛用品です)だと原材料は
「ごま、徳島産わかめ、天然塩」だけ。データを見た消費者に与えるインパクトは相当に
違います。そして外国産よりは国産の方が印象も良い。ベーベ工房の製品もそうですが
えてして「生産者の顔の見える製品」「添加物のない手作り品」「国産品」は
どうしても大手のものより価格も高いので食の安全にこだわる高級店が取り扱う傾向があります。
データが簡単に見られるようになると明らかに激安店の安い商品よりはこれらの店の商品の方が
安全面で印象が良いと思うのですが、どうでしょうか。

肉牛農家や酪農家は2001年秋のBSE(狂牛病)の風評被害で大きな痛手を受けました。
それからすぐに耳標制度~生産者履歴開示システムを作り上げて国内産の牛肉への
情報開示をすることで消費者の信頼を取り戻せたと思います。
生産者の良心だけで食の安全が守られることがあるべき姿だと思いますが、それが難しい
現在、消費者からのデータ検索という目線を通じて偽りのない安全な食を作って売るシステムを
作りあげてゆく使命を、食の情報開示に期待しています。
ポゴレリッチ50才に
以前、クロアチアの天才ピアニスト、イーヴォ・ポゴレリッチのことを書きました。

彼は天才よ!というブランド

その時に参考にさせていただいたのが。よし子さまのブログ。
彼女は日本でも有数のポゴレリッチの批評家でいらっしゃいます。これがご縁でリンクまで
していただき仲良くしていただいています。

よし子さまのブログ

先日、よし子様のブログを開いたら表紙のポゴレリッチの絵がスキンヘッド(!)に変わっていて
驚愕しました。そういえば、彼は数年前にスキンヘッドにしたんだったな。
そして、すっかり忘れていたのですが、ポゴレリッチは10月20日に50才の誕生日を迎えました。
あのショパンコンクールでのパンクファッションからはや28年。早いなあ。
マエストロ(よし子さまのブログではポゴレリッチのことをこう呼ぶ人が多い)は夫と同い年。
はあ、50才........。



4月に記事を書いたときは、超ビギナーだったのでYOU TUBEの画像貼り付けができなかった
ので密かにリベンジ。1980年のショパンコンクールでの映像です。
でも何でこれで本選に進めなかったのか疑問なほどの輝かしい演奏です。

先日の「アエラ」で50才代の男性は「立ち枯れ」なんて
男性にはショックな記事が出ました。
でも(私が40代だからかもしれませんが)ちゃんと生きていれば男の50代は男盛りのはず。
ポゴレリッチにもそして夫にも悔いのない50代の
人生を歩んで欲しいと願います。

マエストロ。お誕生日おめでとうございます。また来日されることを楽しみにしています。
乳価10円アップ
組合からの通知が届きました。
飲用乳価がようやく、来年3月から10円アップするそうです。
年内のアップはできませんでしたが、ほっとしてます。
酪農家と関係者の努力があったからこそですし、消費者の皆様にも「値上げは止むを得ない」
と温かいお心寄せをいただいたことの結果だと思います。ありがとうございました。

とりあえずご報告まで。これからも安全な牛乳を作ってゆきますのでよろしくお願いいたします。

けんちんの話
けんちん汁について。
もともと鎌倉の建長寺で、大規模な法会にの時に門徒に出した料理の半端に残った材料を
使って作った具沢山の汁物の名前に由来しているといわれます。
日本の各地で古くから作られていて、家庭料理の定番メニューの一つです。
私の住んでいる地域では勤労感謝の日にけんちん汁を作って食べる習慣があります。
これは他の地域でもそうでしょうか?

結婚して11年。実は私はいまだに義母ほど上手にけんちんが作れないでいます。(悲)
思い切り言い訳すると、家族の反応をみても決して料理が下手でもないと思います。
自分の味噌汁がおいしいと思うこともあるし。
多分、私が「野菜と少量の鶏肉と豆腐を炒めて醤油味の汁物」のけんちんがいまだに
自分でいまひとつの出来、と思うのは多分子供時代にこの醤油味のけんちんを
日常的に食べていないことにも起因しているように思います。

ここは群馬ですが、私は横浜から嫁いだ上に血統的に完璧に関西以西の人間なのです。
関東の血は一滴も入っていないという人間で。
当然、実家の母の料理もあちら風の味付けが基本。味噌味の汁物が断然多くて、醤油味の
汁物といえばはまぐりのお吸い物など。だからこの家でけんちんを初めて食べた時はおいしくて
おかわりしてしてしまった。(笑)
うちのけんちんの材料は「大根、にんじん、里芋、小さく切った鶏肉、ごぼう、こんにゃく、豆腐」
が基本。鶏肉と豆腐以外の材料は自家産です。季節の野菜の体が温まるメニューです。

料理研究家の大御所、辰巳芳子先生も「けんちんをおいしく作るのは難しい」と著書で述べて
おられます。水っぽくなく野菜と豆腐を炒めて旨みを汁の中に凝縮させる、ということに苦労
されたようです。上手く作れるようになったきっかけは、講習会で出会ったイタリア人のシェフが
ミネストローネを目の前で作るのを見てからだそうです。辰巳先生によると少量のオリーヴオイル
で野菜の水分を上手く逃がして、蒸し焼きに近いニュアンスで野菜の旨みを閉じ込めるという
技術をイタリア人のシェフはこともなげに披露しておいしいミネストローネを作ったそうです。

されどけんちん。今年は少しでもおいしくできるように今から頑張ります。
トスカーナでシェフをされているtakaさん(takaさんの働くトラットリアの料理を本で見て
ただただ感動しました)ならきっと日本の野菜でも素晴らしい味にされるだろうなと書きながら
考えてしまいました。
富裕層って何?
雑誌アエラの最新号で知ったのですが、2005年の流行語は「富裕層」だったそうです。
ライブドアの元社長の堀江氏や村上ファンドの社長が闊歩していた頃です。
リーマンブラザーズの破綻は世界的なニュースとなりましたが、アメリカ国内すらリーマンの
元社員への同情はほとんどないそうです。異常なまでの高給を取っていた彼らは経営者とと
同罪と思われているのでしょう。

それにしても「富裕層」って何なのだろう。もちろん年収が高い人という意味なんだけど
その内容はアエラにあるように「年収は市場価値であって、本人の価値ではない」という
ことそのもののような気がします。たまたまその時の市場で高い値を付けた株を持っていたら
(投資家には投資家の努力と苦労があることは否定しませんが)大金持ち、今回のように
予想外に下落すればとたんに大損。そういう文字通りのバブルな手段で年収を増やすことが
こつこつと技術を磨いて生産した結果の年収アップと同じであって欲しくないと思います。

富裕層といえばこんなニュースもありました。

富裕層しか安全な農作物を食べられない?

物凄く考えさせられました。
「富裕層」をあてこんだ外資系高給ホテルは軒並み、客が激減だそうでかつてはブランドイメージ
が下がると断っていた、宿泊予約サイトに掲載をお願いしているところもあるそうです。
ベーベ工房の製品も決して廉価ではありませんが、私はこんな富裕層をターゲットにしたことは
ありませんし、今後もすることはありません。ごく普通の市民が作るのですからごく普通の消費者
に信頼されて喜んでいただけるものを作りたい。
普通の市民がそれなりの充足感を持てない社会の「富裕層」なんて言葉はどこか病んでいる
と思っています。

それにしても日本語が妙に「美しく」なりました。
ビートたけしが、かつて「援助交際なんてキレイ事を言わずに売春、とはっきり言えば少しは
未成年の補導が減るよ」と言っていましたが、全く同感。
たけし流に言えば、富裕層は成金と変換できますね。
山から牛が帰ってきました
5月から浅間山の麓にある県の育成牧場に行っていた、育成牛3頭が10月17日に我が家に
元気に戻ってきました。みんなお腹に初めての子供を宿して。育成牧場の皆様、大変
お世話になりました。

育成牧場へ

5月にはまだ子牛の面影を残していた3頭ですが、約半年後に「再会」したらすっかり体も大きく
なり、耳標を見てどの牛かようやくわかるほど成長していました。
1月~2月が初産の予定です。

ところでこのブログの中でときどき「F1子牛」という単語を書いています。
これは「交雑種」という意味で、ホルスタインの母牛に肉用の黒毛和牛の種を付けて生まれた
子牛のことです。F1子牛は和牛の血を引いて真っ黒に生まれてきます。
我が家では生まれてすぐに肉用子牛を育成する牧場に売却しています。

F1子牛を産ませる理由は2つあります。それは

 ①初産の牛はお産の安全ために、ホルスタインより小ぶりに生まれる和牛を付ける農家が多い
 ②そろそろ老齢の牛や、後継牛がたくさんいる牛は和牛をつける傾向が多い
                                               ということ。

2ヶ月育てて市場に出す場合も、我が家のように生まれてすぐ出す場合もF1子牛は酪農家に
とって貴重な収入源になります。
もちろん子牛の個体差はありますが、和牛やF1牛など肉用の牛の価格は種牛の種類に
よって左右されるので和牛をつけるときは種牛を指定することも多いです。
そしてホルスタインはメスの子牛が生まれなければ始まらない(オスは育てて肉になります)
のですが、和牛やF1牛はオスの方が断然値段が良いのです。
(余談ですが、松阪牛は必ずメスです。メスの方が肉質が柔らかいとも言われます)

というわけで浅間から戻ったお嬢さん方のお腹の子もFI牛です。
寒い時期のお産となりますが、とにかく母子共に元気にお産を迎えて欲しいと願っています。
秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)
今年は源氏物語が世に出て千年目。「源氏物語千年紀」のイベントが各地で行われています。
私も源氏物語は大好き。名作漫画「あさきゆめみし」を筆頭に、田辺聖子
瀬戸内寂聴版、橋本治版、円地文子さんの対談集etc.......。20代~30代前半はかなり
ハマった時期がありました。

源氏物語のお楽しみの一つが人物評。登場人物の誰が好き、という楽しみは源氏物語を
読む上で大きなウェイトを占めていると思います。
ヒロインの紫の上、夕顔、源氏の永遠の想い人の藤壺中宮、セクシーな朧月夜.....。
私ももちろんファンなのですが、このあたりが人気ランキング上位の常連です。
その上で私が心惹かれるのが、地味なヒロイン秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)。
あの夕顔や源氏の正妻葵の上を生霊となって取り殺した、光源氏の年上の恋人六条御息所
(ろくじょうみやすどころ)の娘です。

 秋好中宮の役どころは 
    ①光源氏と藤壺の密通で生まれた冷泉帝の9歳上の皇后
    ②名目上は光源氏の養女  
    ③絵に才能を示す、地味だがさすがの教養と気品を持った元斎宮。 というところ。

橋本治版で気がついたのですが、養父である光源氏は御簾越しに言葉は交わすものの
終生、彼女の顔を見ることなく後見を務め心を通わせます。
帝(実は息子)の嫁である彼女を危うく口説こうとしたこともありましたが、聡明な彼女は
冷静に対処。趣味の絵を通じ年下の冷泉帝との仲もむつまじく、光源氏の権力の拠り所という
ポジションを全うします。

円地文子さんが、秋好中宮を評して「本当の女の器量のある女性。教養が整った真の
貴婦人」と述べられている表現が私は大好きです。教養が整った、という素敵な表現。
秋好中宮の女としての器量が前面に出る場面が光源氏が晩年、最愛の妻である紫の上を
亡くして、孤独に打ちのめされる秋の場面です。秋好中宮は心を込めたお悔やみの手紙
(和歌で表現)を光源氏にしたためます。それを読み光源氏は、
「まだ、この宮さまのように心を分かち合える人がこの世にいた」とひと時、心の平安を得ます。
とても心に刻まれる名場面だと思います。

顔も見たことのない女性に癒される悲しみに沈んだ男。ちょっと不思議な関係ですが、
考えてみればブログやHPなどが全盛の今日。以外に多くの「光源氏と秋好中宮」的な
関係がそこかしこにあるような気がしています。それもきっと愛の一つの形でしょう。
さすがに紫式部。現代に通じる愛の古典。日本人として誇りに思います。
懐かしい店
ブログのお友達、みたらしさんが、母校の大学をたずねてみたいと書いておられました。
それを読んでいたら20年以上前の学生時代にタイムスリップ。
(お店のHPを見たら私の母校がわかっちゃいますが。
学生時代にランチをよく食べに行った、母校のすぐ隣りにある「ぐずぐず」。

ぐずぐずHP

今風にいうと「カフェ」です。ちょっとアングラな雰囲気の。
当時のまま、今も健在なのが何より嬉しい。
当時は、夜はライブハウスにも変身していた記憶があります。

普段は学生食堂で当時300円代のランチをクラスメートやサークル仲間と食べることが
多かったけれど、ちょっとお財布に余裕のある時は仲の良いグループでぐずぐずに。
サークルのベンチに「ぐずぐずに行っています」の置手紙が時々ありました。
午後の授業に間があるときは、とめどなく女子のおしゃべり。
遠距離恋愛の彼のこと、片思いしている先輩のこと。家族のこと。etc.........。

HPを見ると現在はメニューにないのが残念ですが、私が好きだったのがここのピラフ。
トマト味でちゃんと炊き込んで、缶詰ではないシーフードがたくさん入って。
自分でピラフを作る時、今でも目指す味はあのぐずぐずのピラフです。

おいしいランチとコーヒーや紅茶で、お互いに学内では話せないことも語って
しんみりしたり、笑ったり、本当に幸せな空間でした。
あの小さな空間を思い出すと、今でも暖かい記憶と共に夢見がちだった女子学生時代が
記憶の彼方から蘇ってきます。

みなさんにも学生時代の懐かしいお店がありますか?
子供の食の事故
蒟蒻ゼリーの製造中止問題が大きく報道されています。この会社が群馬にあることや
群馬が蒟蒻の生産量トップであることもあり、この事件のことは我が家でも話題に上っています。

私も今回のケースは消費者にも不注意があったと思いますが、食が原因の子供の死亡事故
がクローズアップされると4才の幼児がいる身としては改めて襟を正すような気持ちになります。
私や育児協力をしてくれる義父母が特に気をつけているのが、割り箸、串に刺さったホットドッグ
やピーナッツや飴など。綿あめの割り箸での死亡事故~裁判の痛ましい事故については記憶
されている方も多いでしょう。我が家では手が汚れても串からはずして与え、おでんのこんにゃく
を子供が欲しがる時は、大人が横について必ず飲み物を用意してといささか過保護にしています。

それにしても、このような事故が起こったときはどこまでが「メーカーの責任」でどこまでが
いわゆる「自己責任」なのか食を作るものとして考えさせられます。
不安を煽るわけでもそういう事故が報告されているわけでもありませんが、モッツァレラチーズ
だってこんにゃくゼリーや餅ほどではなくても生でたべるともちもちとした弾力があるので
小さな子供が大きな塊として口にいれれば喉に詰まる可能性はないわけではないと
思うからです。(考え過ぎとは思いますが)

子供の場合、息子を見ていても小さい子は衝動的に行動することもあるということ。これが怖い。
普段保護者が気をつけていても回りがおいしそうに食べていれば、つい喉につまりやすい食物を
塊のまま食べたり、割り箸や串に刺さったままのものを頬張ったまま走ったり、もありうること。
きっとこれはどのお子さんでも想定できる事態だと思いますが、どうなんでしょうか。
見つけたら息子ならきっと取り上げるし、他のお子さんでもそうするだろうなあ。
ウザイ奴と言われても。

子供の好奇心と衝動性は育ってゆく上には非常に重要です。
その芽を摘み取らず、かつ不幸な食の事故にあわないためにどうしたらよいか思案中です。
小学生でもこういう食が原因の突発事故は多いようですから。
息子が友達の家に遊びに行くようになったら、可愛いイラストのカードでも作ろうかな。
窒息事故を起こしやすいものや割り箸の絵を書いてマークでも入れて。(笑)
それを財布の中にでも入れさせて。やっぱり過保護かな?本当に加減が難しいです。
白鳥の湖よりオデットのヴァリアシオン
             「真打」。「白眉」。
このような表現が、2分弱のオデットのヴァリアシオン(ソロ)を見るたびに
心に浮かびます。

世界中で一番愛され、上演され続けてきた最も有名な全幕バレエ「白鳥の湖」。
プティパとイワーノフ振付で現在の版が初演されたのが1895年。白鳥たちが踊る2幕は
後世の振付家たちも基本的に手を加えることができないほど完成度の高いものです。
バレリーナの代名詞ともいえるこのオデットのソロは2幕の中で、
オデットと王子ジークフリードのパ・ド・ドゥ~4羽の白鳥の踊りに次いで躍られます。

超絶技巧がないからこそ逆に残酷なほどバレリーナの素質を浮き立たせ、静謐な中に
オデットの自由への渇望を切ないほど観客に伝える踊りです。

技術的に有名なパ(動き)は最初のデヴロッペ・ア・ラ・スゴンといわれる動き。
美しく弧を描きながら高く振り上げられた脚の動きと、自由を求めて羽ばたくような腕。
悪魔の呪いによって、夜の間だけ人間に戻れるオデットの運命を乗り越えて愛する王子
の住む世界に飛び立ちたいと願う切ない気持ちがこぼれるような動きです。
もう一つは中間部分のアラベスク。呪われた運命を静かに諦めながらも止みがたい愛と生への
渇望を痛いほど伝える美しい動き。

オデットのソロは32回転のフェッテのような超絶技巧こそありません。
それゆえ、かの森下洋子さんが「踊りこむほどにシンプルゆえに難しい」と言われる非常に
高い芸術性を要求する踊りです。周到な知性によってコントロールされた連続性のある
滑らかな動き、白鳥でありながら人間というバレエの代名詞のようなポーズ。
10~20代の若いバレリーナでは手に負えない奥深さです。

ルシア・ラカッラ オデットのヴァリアシオン

躍るのはスペイン出身のルシア・ラカッラ。
彼女は20代をフランスの鬼才ローラン・プチのミューズとして過ごし、有名な「カルメン」
や「失われた時を求めて」の名演で名を馳せました。新天地のサンフランシスコバレエに
渡ってから、「白鳥の湖」や「眠りの森の美女」といったクラシック中のクラシックに主演。
バレリーナの中でも群を抜くスタイルと彼女生来の現代的な個性を絶妙にブレンドさせて
今は満開の咲き誇るバラのようなクラシックバレリーナとして活躍中です。
牛のケガが直りました
生後10ヶ月になる育成牛のマリーの転倒による足の怪我がようやく治りほっと一息です。
原因は一緒の部屋に入っているもう一頭の牛の発情。
(変な表現ですが、専門用語です。いわば排卵期。この時期はイライラと落ち着かない牛が
多く不慮の事故も多くなりがちです)この牛が暴れてマリーは体当たりされて転倒したこと。

この「事故」が起こった朝は月に一回の酪農ヘルパーに来ていただく日だったので、いつもより
若干ゆっくりしていました。ヘルパーさんが来るまでお腹が空いて牛が啼く声が妙に
騒がしかったため、念のためという軽い気持ちで牛舎に行った主人が、後脚をカエル状にして
転倒しているマリーを発見したのです。

この「転倒事故」の怖さは酪農家なら経験があると思います。
牛同士の接触やケンカ、寝起きの下手な牛だと後脚を起き上がる時に滑らせたり、
ちょっとしたことが原因起こり、ひどくなると骨折や腱の損傷で起立不能となり
処分しなければならなくなる酪農家にとって怖い事故の一つです。
(放牧している牛でも起こりうる事故です)
特に体の大きな成牛がカエル足になるほどの転倒をすると非常に重症になりがちです。

マリーはまだ10ヶ月。成牛ほどの体重ではないため、腱が切れていることは考えにくかった
のですが、転んでもがいたことで精神的にパニックになり立ち上がることに恐怖心を
持つようになってしまい、座り込んだまま動きません。
牛はとてもデリケートなのでこの「恐怖心」から立ち上がれなくなる牛も稀ではないのです。
そこで後脚(牛は後脚から起き上がります)が滑らないようにマットを入れてやり
獣医に診察していただきました。後脚が開かないように軽く治療用に縛り2日ほど様子を
見ていましたが、昨日から元通り立ち上がることができるようになり食欲も回復。
ようやく完治です。

酪農(畜産全般も含めて)は365日休みがないと言われます。月1回ヘルパーに来て
いただいていても、今回のような事故、出産、たまに脱走など予想不可能なことが多いです。
それにしても発見が早くて良かったです。もしあのままヘルパーの日だからとのんびりしていて
予後不能になったら自分を責めていたと思います。

牛舎で平穏な日々が続きますように。
おいしいチーズも平穏な牛舎から。それがフェルミエ農家の宿命です。
城塞の中の成功者たち
先日の朝日新聞の一面に出ていた、セキュリティ万全の超高級ゲートハウスのこと。
アメリカでは80年代からあったそうですが、治安悪化ということを追い風に日本でもここ数年
富裕層を対象にした、超高級なゲートハウス(億ションやゲート区画内の分譲一戸建)が
少しずつ増えているそうです。

中の住人の多くがセレブ(この言葉は嫌い)といわれる実業家や芸能人などのお金持ち。
守衛に、オートロックにと区画内に入るまではいくつものチェックがあって、友人でも簡単に
遊びに行ける雰囲気ではありません。
この城塞のような閉鎖的な空間に住むことを、住人も分譲会社もステイタスとして誇りにしています。
都市工学の教授やクリントン政権時の高官などは、このような閉鎖的な超高級ゲートハウスに
批判的です。その理由として彼らは次の2点を挙げています。

   ① 格差を是認してしまう空間である
   ② 閉鎖性による社会からの孤立、公共サービスの低下

私も特に①には同感です。数年前肩で風を切って歩いていたヒルズ族そのものです。
資本主義国家である以上、格差を否定はしませんが、それを見せつけるような閉鎖的な空間を
わざわざ作るということは、かえって治安の悪化を招く恐れがあります。かのカエサルは格差を
形にするような度の過ぎた贅沢を法律で禁止しているほどです。

失笑を禁じえなかったのが分譲する不動産会社の私とほぼ同年の社長の弁。
「同程度の収入と同程度の価値観の方が一緒にいることが安全だ」と。
収入は比べられても、価値観が同じってどうやってわかるのでしょうか?
この社長、失礼だけどまともな教養を積んだ方なのか?

でも。成功というゴールの果てが城塞の中での閉鎖的な生活って何だかわびしい。
自分が躓いたり転んだりしながらも懸命に努力をして、それが報われたからこそ広がる
世界があると思います。(年収がアップしないとしても)それは人との出会いだったり、
人の暖い励ましだったり、以前よりちょっぴり自信をもった自分だったり。
私はすぐに「ねえ、見て!聞いて!」という性分(だからブログを書いている)なので
成功の向こうがゲートに守られた閉鎖社会なんてたとえ年収が億単位でもとてもダメ。(笑)

昔から成功した人が余生を人里はなれた別荘や山荘で送る事はよくありました。
それは、不動産会社が街中にこれみよがしな超高級ゲートハウスという閉鎖空間を見せつける
ようなはしたなさは感じないものでした。そういう空間で小さな子供を育てている方のインタビュー
もありました。「怖いから、人を見ても笑顔を見せないでと教えてます」と。
その方がよほど怖いんですが.....。(汗)ゆるい田舎に住んでいて本当に良かったです。

200%ありえないけれど年収1億が毎年続けば、ブログのお友達ともリアルのお友達とも
コンサートやお芝居をイヤというほど楽しんで、takaさんの作る本場のジビエ料理を食べに
トスカーナに行って優雅に過ごし、夫の心のふるさとグリンデルワルドに行ってきます。
城塞の中に閉じこもることは絶対にないです。(笑)

食は自然体で楽しみたい
最近、疲れ気味の体を労わるために、お惣菜の類は一切買わずすべて手作りの家庭料理を
作っています。(自慢にもなりませんが)
旬の野菜と新鮮な肉や魚を使って、インスタントは使わず出汁から取って。
きちんと三度の食事を手まめに作ると、「バランス」という言葉が食の世界では以外と
難しいことを実感します。夫や息子の「おいしかった」が心に沁みる分、他人(プロも含めて)
が作ってくれた食事にはまず感謝の言葉をかけよう、と改めて思いました。

私は食の生産者としても生活者としても、食に関して私は自然体で臨んでいたいと
思っています。生産者としては「こだわり」ということを声高に言うことで、消費者との間に
高い壁やバリアを作ることは絶対にしたくないし、食べる側としても安全性はチェックしますが
それ以上に、度の過ぎたグルマンとか食通と言われる人間になる必要はない、ということは
ずっと思っています。

私が大学卒業後に会社員をしていた頃はバブル全盛期。レストランとグルメ誌が雨後の
タケノコのように世に出ている時代でした。
にわか知識でうんちくを語り、感謝の言葉の前に批評家のような言葉をレストランで語る同僚も
たくさんいました。なんだか素直に「おいしかった」「ごちそうさま」を言えない雰囲気に疲れて
しまって、私の現在はその反動とも言えなくはないと思います。

バブル期以降、やたらとグルメブームとなり外食産業が発展した代わりに、家庭できちんと
食事を作って食べる風習が希薄になったように思います。
一方で、極端な菜食主義があると思えば、もう一方ではダイエットといえば何でも飛びつく風潮が
あったり、日本の食生活全体がバランスとか中庸という言葉に縁遠くなっているような気がします。
外食や中食といわれるレトルトやお惣菜の需要が伸びてから、一気に安い中国野菜の輸入が
増えたとも言われます。日本は本当に食が豊かな国なのかしらん?
これだけ不況になっても肥大したグルメブームは健在だし。
度の過ぎたグルメや食通は回りに幸せをもたらすものなのでしょうか?

息子は保育園で教えていただいているらしく、残すと自分で「もったいないばあさんがくるよ」
と言って、最近は苦手な食べものにもチャレンジしてくれます。
自然の恵みや作り手にまず感謝しておいしくいただくというやさしい気持ちは
今のままずっと持っていて欲しいなと願っています。

普段の食事や息子からの影響で、ベーベ工房に向かう姿勢も以前より肩の力の抜けた
ものになっているように思います。
そういう私の中の変化が製品に良い影響を与えられる日が来るといいな。


秋になりました
10月に入り、群馬は急に冷え込むようになりました。
朝晩の牛舎の仕事ではジャケットを着ております。

夏の猛暑の季節、牛たちもしんどそうでした。
大きな扇風機を全開にして人間の住む家よりは多少は涼しくても、暑さに弱い牛は
辛かったと思います。それが秋になると牛の表情も一変。
昼間はのんびりと反芻をして、朝晩は夢中になって餌を食べ、見た目にも表情のメリハリが
あって生き生きとしています。

そして牛乳も夏の薄い牛乳と違ってしっかりとした味の濃い牛乳に戻ってきました。
牛乳のパックにも最近は一年間の乳脂肪分の平均値のグラフが印刷されていて、消費者にも
季節によって牛乳の成分が変化することはご理解いただいています。
乳成分の変化によって、ベーベ工房のヨーグルトもチーズも大きく変わります。

まずヨーグルト。脱脂粉乳を使わず生乳100%なので夏の薄い牛乳だと分離がしやすくなります。
砂糖の量を小数点以下で微調整していますが、非常に高度な技術が必要です。
秋になって乳脂肪分が戻ってくると、味が濃くなり飲んでも安定したおいしさと実感します。

そしてチーズ。ホエー(乳清)を原料にするリコッタチーズはさほどの影響でもありませんが、
モッツァレラチーズは乳脂肪分によっててきめんに差が出ます。
「歩留まり」と言っているのですが、夏の薄い牛乳だと同じ量の牛乳を原料にしても通常の
80%程度の量しかできません。(ジャージー牛がいても、です)
秋になると熱湯をカードに注いで練る時チーズの艶が違いますし、キメの細かなおいしい
チーズになるように思います。

野菜や果樹ほど見た目には劇的ではありませんが、牛乳にも季節は確かにあります。
最近は、夏の猛暑が各地で異常なレベルで夏場の牛乳の生産量が減り、大きな影響が
出ています。以前は「春が待ち遠しい」でしたがここ数年は「秋が待ち遠しい」と私の
気持ちも変化しています。

食欲の秋。ご期待に添える製品をお届けできるように頑張ります。
世界バレエフェスティバル
尊敬するブログお友達のよし子さまのHPを見るとそろそろ皆さん来年のコンサートの
話題で盛り上がっておられます。

よし子さまのHP

子供が生まれて以来すっかりリコンサートにはご無沙汰の私。
でも。来年だけは東京まで行って堪能してきますよ。
世界バレエフェスティバル。
このフェスティバルは(財)日本舞台芸術振興会が1976年から3年に1回文字通り
世界中のトップバレエダンサーを東京に一同に会して開くバレエの祭典です。
パリ・オベラ座もボリショイも英国ロイヤルもスターダンサーを出演させます。
世界の頂点に立つ旬のダンサーたちがクラシックからモダンまで得意の演目を
堪能させてくれるのです。

私は1982年の第3回から2006年の第11回まで皆勤賞!(このブログを読んでくださって
いる方はもしかして1982年はまだ生まれていない方もおられるかも)
今は亡きジョルジュ・ドンの「ボレロ」もパトリック・デュポンや全盛期のギエムの圧倒的な
クラシックも全て観ることができたことは私の誇る財産です。
このフェスティバルで「マノン」もバランシンの作品にも開眼しました。

2006年はまだ2才前の息子を家族に見てもらい日帰りで行きましたが、終電の関係で
トリを飾る超絶技巧の「ドン・キホーテ」にパ・ド・ドゥを涙ながらにあきらめて帰りました。(涙)
来年は息子も5才近く。最後まで観られるかな。
俗っぽいといわれても、あの大技全開のドン・キホーテを観ないとおさまらない私。
(毎回、トリを飾るのは華麗なテクニックを披露するドン・キホーテのグラン・パ・ド・ドゥです)

毎回チケットを取るのは至難の技。それでも最近は上手に(正規のルートで)ゲットする
方法も会得しました。会場にはいつもダフ屋がたくさんいます。(笑)
今からチケット争奪戦に熱くなっている自分が笑えます。


バイヤーのこと
バイヤーとはスーパーなどの商品の仕入れ担当者のこと。
ベーベ工房が一番お世話になっている方々です。
比較的大きな会社では、鮮魚や肉、乳製品など部門ごとに担当者が別れていますが、
小規模な会社では社長や店長が兼務されていることも多いですが、いずれにしても

        「食の目利き」という非常に重要な部門のプロフェッショナルです。

私が(に限らず生産者やメーカーが)スーパーに営業をする時、まず製品や資料を見ていただく
ことになるのがこのバイヤーです。
実際にお会いしたり、もしくは遠隔地で電話で商談をさせていただくこともありますが、
この時に取引条件だけではなく、そのスーパーやバイヤー個人の食に対する思いや
信条、目指すものなど非常に貴重なお話が伺えます。

ベーベ工房の製品作りの姿勢、リーフレットなどの参考意見など私は優れたバイヤーの
方々によって方向性を導いていただき、鍛えられてきました。
多分、食を売る現場のプロフェッショナルであるこれらのバイヤー達がおられなければ
現在のベーベ工房はなかったと断言します。

乳製品に限らず生産者が自分でブランドを持ち、スーパーなどに出すことを考える時は
製品が出来上がった段階で、自分が出したいスーパーのバイヤーの意見を伺う機会を
持つことをお薦めします。たとえ現在すぐの扱いが無理だとしても、可能性があれば
「売れる製品にするにはどうするか」という貴重な助言をいただく機会になります。
生産者からだけではわかりにくい消費者の微妙なニーズなどを、バイヤーの助言を
通じて会得してゆくことはプロとして生産してゆく上で欠かせないことです。
消費者に支持されてこそ、プロとして生産できることは肝に銘じるべきだと思います。

現在のように食の安全も不況モードで消費者心理が見えにくい状況の中、私は
何かをする時は事前にしろ事後にしろ信頼できる数人のバイヤーさんには、電話や
FAXで報告したり相談させていただいています。
今までバイヤーから受けた助言で大切にしていることが二つあります。それは

 ① 扱うかどうかは現在の味や安全性のほか、品質がどこまで成長するかも見る。
 ② いくら安全でもおいしくなければ扱わない。スーパーは健康食品を扱う場所ではない。

 ということです。

一般の消費者に安心して喜びを持って食していただける製品を作ること。これが生産者の
やるべきことです。そのためには売る現場のプロの生きた助言が欠かせないと思います。
そして尊敬できるバイヤーに恵まれた幸せに感謝します。
塩野七生「ローマ人の物語」危機と克服
世界史で受験した時も、大学で英米法を専門的に学びその一環としてローマ法大全や
古代ローマのことをかじった時もずっと疑問だったのが、

何故五代皇帝ネロの自殺~三皇帝の年~ヴェスパシアヌス朝の約35年というローマの存立の
危機を経ながらトラヤヌスなどの五賢帝時代にローマ帝国は内外ともに最盛期を迎えたかと
いうこと。

塩野さんのローマ人の気質にまで踏み込んだ解釈でようやく疑問が氷解しました。

69年ネロは悪政を重ねて元老院(日本でいえば国会)に不信任をされて自殺に追い込まれます。
「ローマ皇帝」と言いますが、天皇やイギリスの国王と違って元老院とローマ市民が権力委託の
承認をして、かつ軍団が忠誠を誓って初めて「インペラトール(皇帝)」となれる。
つまり君主制には珍しくチェック機能が働いているシステム。これがローマ帝国の皇帝です。
だから、元老院と市民がNOといえば皇帝といえど、タダの人となります。

初代のアウグストゥスが共和制に見せかけて君主制を敷く巧妙な方法で築いた君主制。
でも広大なローマ帝国を統治するにはこの方法がベストと国民は理解していたため、
君主制を変えようという意識はローマにはありませんでした。問題はトップが誰かということだけ。
このあたりを塩野さんは次のように記述しています。

 ローマでは、権威と権力は、常に同一者に集中してきたのだ。ローマ人が、血統よりも
 実力を尊重したからである。(文庫版20巻より)

 ローマ人が考える血統とは、現代で言う付加価値ではなかったかと思う。ローマ人は
 あくまで実力の世界の住人であったのだ。(文庫版20巻より)

 (ローマ人は)リアリストの集団であった。68年夏から1年半の混迷も、政体模索の混迷
 ではない。今後とも帝政でいくことではコンセンサスが成り立っている。(文庫版20巻より)

ネロまではアウグストゥスの血を僅かでも引くものを皇帝として認めたローマも、その後は
この血統に見切りをつけて決別します。ネロ以降の皇帝はすべてアウグストゥスとは
無関係な出自です。軍人、ローマ貴族etc.
そしてローマ帝国最大の領土を実現した五賢帝のトラヤヌスは初めてローマ以外の属州
(現在のスペイン)出身者として皇帝に推挙されローマの全盛時代を作り上げます。

書きながら思い浮かべたのが1年あまりで政権を投げ出した、元首相のお二人
安部氏と福田氏。福田氏はまあ官房長官くらいの器はあったと認めます。
でも安部氏に至っては、ある評論家に「受験すら経験していない」と揶揄されたほどの器。
安部氏が若き総裁候補としてもてはやされた時、祖父の岸信介元首相や、父の安部晋太郎
氏の血を引いているから、という安易な雰囲気を国民が認めてしまったように思います。

世襲議員全てが悪いとは言いません。本人に実力があれば、ですが。(笑)
ネロでアウグストゥスの血の価値を見限ったこと。これがローマ帝国の発展の礎とは
思ってもいなかっただけに塩野さんの緻密な考察がとても斬新でした。
既得権で得をする取巻きがいればなおのこと、世襲制というものはなかなか回りでNOを
言い出せないのかもしれません。でもNOを出す時期を間違えると結局自分が苦しむことに。
総選挙が近いといわれる中、リアリティを持って読みました。
「母から娘へ フランスのレシピ」
これは2002年に文化出版局から出版された料理本。
著者はパリ在住のナディーヌ・ヴォジェル夫人。彼女は自宅で少人数の料理教室を開き、
主に日本人女性にフランスの家庭料理を教えておられます。
弟子の一人が、人気料理研究家(現在は衆院議員)の藤野真紀子さん。
豊かなフランスの家庭料理を伝えてくれるこの本は私の本棚の数多くの料理本の中でも
お気に入りの一冊です。

この本に出てくる料理とお菓子のレシピは全てヴォジェル夫人が祖母と母から受け継いだ
手書きのレシピが元になっています。料理を作った場所も自宅。
材料も現地のもののみ。なので、日本で手軽に作れるフレンチと違いがちょうの脂やポロねぎ
など入手の難しい材料も多いです。なので日本で全く同じ味を再現することは困難です。

それでも私は時々この本を手に取るととても豊かな気持ちになります。
夫人の双方の祖母はブルゴーニュとペリゴールのご出身ということですが、それらの
郷土色豊かな料理が季節の野菜やその地方の特産の食材で提供されているからでしょうか。

私の好きなメニューの一つが「豚肉のローストパン屋風」という料理。
フランスのブルゴーニュの郷土料理のようです。元々パン屋の釜の余熱を村人が利用させて
もらって作っていたところからこの名前で呼ばれます。
豚の固まり肉に焦げ目をつけて焼き、薄くスライスしたじゃがいもと玉ねぎとにんにくをグラタン皿
に入れ、スープを入れその上に豚肉を乗せてオーヴンで焼く、という素朴な料理。
私の地元ではおいしい豚肉が手に入るので、時々作っています。
このレシピのようにレストランの華やかなフランス料理ではなく、どっしりとした素朴なフランスの
家庭料理が紹介されています。

  まだ輸送することがまれだったころ、収穫された全ての食材はその土地で消費されて
  いました。今ではそれが知恵によるものであったことがわかります。とれたての材料の
  味に勝るものはありませんから。 (あとがきより。ナディヌ・ヴォジェル)

こうやってずっと家族のためにごはんを作ってこられた女性の言葉はとても質感があって
無理なく心に響きます。日本では地産地消と言うのでしょうが、私はことに食に関しては
始めに理念ありきではなく、始めに料理ありきだと思っているのでマダムの言葉がしっくりきます。
有名なシェフの手によるフランス料理のレシピ本は多数ありますが、正真正銘のお母さんの
手によるお母さんのレシピを伝えるこの本は非常に貴重だと思います。

 この本の写真にはいくつかマダムの愛猫の写真が出てきます。キッチンのマダムの
 足元にいる写真もあって微笑ましい。これがプロの現場ならうるさいのでしょうが
 家庭料理だからこそのおおらかさがとても素敵です。
熊川哲也のバレエ
熊川哲也さんが率いるKバレエカンパニーは10月と11月に予定していた「コッペリア」の
公演を熊川さんの怪我が完治しないためすべてキャンセルしてチケットを払い戻すと
発表しました。去年靭帯を切断する大怪我をして復帰されたものの、今年になってまた
再発されたようです。

熊川哲也さんは日本が誇る男性舞踊手。史上初めて英国ロイヤルバレエの
プリンシパル(主役)ダンサーを務め、バレエ界屈指の高度なテクニックを駆使して
バレエの枠を超えたスーパースターとして活躍中です。

彼の名前を初めて聞いたのは1989年のローザンヌバレエコンクールの時。
英国ロイヤルバレエ学校から16才で参加した彼は日本人初の金賞を受賞し一気にスター
となりました。その後彼の十八番となった「ドン・キホーテ」の圧倒的な輝かしさは
とても16才の学生とは思えないものでした。プロとなってロイヤルバレエ入団後は
圧倒的なテクニックでスター街道を驀進。



これはおそらくロイヤル時代の「ラ・バヤデール」のソロルを躍った時の映像。
華やかなのに過剰さのない動きが熊川さんの絶頂期をうかがわせる名演です。
滞空時間の長い跳躍、演技と見事に一体化したパ(動き)の切れ味。
何回見ても非の打ち所のない踊りにため息がでます。

1999年にロイヤルを退団して帰国。自身のバレエ団であるKバレエを創設して、芸術監督、
主演、後進の指導と大活躍されています。あのヤンチャなクマテツももう36才。
怪我の影響が心配ですが、まだまだ躍って欲しい。彼でなければ伝えられない古典バレエの
全幕ものの魅力を堪能させて欲しいです。
彼のことを「言い訳のないダンサー」と表現する評論家がいます。まったく至言です。
これだけの技術とカリスマ性を持ったダンサーは世界中捜しても数十年に
一人出るかどうかでしょう。

10代の頃の彼を見ると柔道の石井選手顔負けのナマイキさ。
ローザンヌで金賞を受賞した時の髪型はパンチパーマ。(笑)
デビュー前から全盛期、そして現在まで熊川哲也のバレエを見ることができて幸せです。
プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

製品に関するお問い合わせは以下のアドレスにお願いします。

ベーベ工房のアドレス

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