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企画提案書
ここ数日、先日記事にした老舗百貨店へのギフトご担当者へのお願いと企画の提案書を
書くことに取り組んでいます。
営業のための資料作りや仕様書作りは何度もありますが、こちらの企画を説明し、
かつ先方の事業計画に載せていただくための提案書を書くのは初めてです。
会社員時代にはやりましたが、それはあくまでも会社というバックがあってのこと。
すべてを自分でやるのは文字通り生まれて初めて。

先方のバイヤーさんが教えてくださった、限定○個という産直でのギフト。
私がどうしても手がけてみたいのが、この限定の産直ギフトです。
これは以前ある会社の仕事で経験したこと、そして現状では一番私たちらしさが
出せると思うからです。

先日、バイヤーさんに食品売り場をご案内していただきました。
そこで私が感じたのは

 ①若い女性や子供に向けた商品や売り場構成を大切にする姿勢

 ②そして百貨店自体のオリジナル商品を提供することを重視する姿勢  ということ。

この方針には私も共感できるし、ベーベ工房の製品のイメージを重ねることが可能、
言い替えるとバイヤーさんやお客様に喜んでいただけるものを作ることができるのでは
ないかと思ったのです。
実は、数ヶ月前から、このブログのリンク先「お取り寄せないグルメ」のイラストレーター、
ナカシさんにお願いしてヨーグルト用の新しいしおりのイラストを描いていただくプランを
練っていました。

それはイラストで牛のお乳を搾り→ヨーグルトとなるまで、を4枚くらいのイラストで
表現するというものです。文字による説明は最小限にして。
正方形の厚みのあるアイボリーの紙を使い、子供にも一目でわかって喜んでもらえるもの。
そのイラストを製品を入れるダンボールに使い、百貨店オリジナル用に作るということに
応用できないかと。

百貨店側のギフトに対する想い、利益など現実的にクリアすべきハードルは高いですが、
現実的なことを踏まえつつもこちらのギフトに対する想いが一致すればいいなと願っています。
それが「百貨店のオリジナリティ」として形になればいいなと。

私はたびたび書いていますが、特にギフトについてはパッケージは重要と思っています。
地域によっては地元の老舗百貨店の包装紙のものが尊ばれるとか。
そのくらい「見かけ」は中身と同じくらい、受け取る側にインパクトを与えるものです。
さすがに、今回チャレンジする百貨店はさらに先を行っているセンスで、百貨店の包装紙
以上に「ここでしか手に入らない」というセンスも加味ししておられます。

考えてみれば提案書はあと2日で仕上げなければ!ブログのお気楽な駄文と違って
神経を使うこと!でもこんな経験は激安スーパー相手には決してできない喜び。
スタートラインに立てた自分を(イタいけど)ちょっと褒めてやろう。
センスと美意識を何より誇りにする名門百貨店に、ささやかにチャレンジする私は
ほとんど受験生気分。受験勉強の末期、赤本片手に傾向と対策を練っていた高校生の
時を久々に思い出してしまった。「参考書」はしおりを集めたファイルやパッケージ関係の本。
果ては本棚にならんだ美術書まで総動員でございます。(^^)

夢を見過ぎず、夢を語ろう。こんな心境です。
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塩野七生「ローマ人の物語」悪名高き皇帝たち(3)
「愚帝」と言われたローマ帝国の皇帝たち。これらの大きな偉業を立てていない皇帝を
書いた部分でもさすがに塩野さん、非常に意味のあるメッセージが心に残ります。
特に四代目皇帝のクラウディウスの章は、小さな農家ブランドをあくせくと切り盛りする
私の心に重く響くものでした。

三代目皇帝カリグラが愚行を重ねて殺された後、初代の血を引く男子として唯一
残っていたのがクラウディウスです。彼は末子として生まれ皇帝を継ぐなどとは
誰も思わず、だから回りにもそれほど敬われることもなく50才で思わぬ皇帝の座につきます。
学者としては名高く、生真面目。それゆえにまずまずの善政を敷き、為政者としては
一応合格点です。

ところが、クラウディウスは皇帝になっても周囲に敬意を払われませんでした。
妻たちにはいいようにあしらわれ、三人目の妻メッサリーナには淫蕩の限りを尽くされて
見かねた廷臣が彼女を殺害。四人目の妻アグリッピーナには長男がいるのに
連れ子のネロを後継にされたあげく、妻の策謀で殺されてしまうという何とも悲劇の皇帝です。

塩野さんはクラウディウスの悲劇を「敬意を払われることなく育った人間の悲劇」と
評していて思わず唸りました。

  敬意を払われることなく育った人には、敬意を払われることによって得られる実用面の
  プラスアルファ、つまり波及効果の重要性が理解できないのである。ゆえに、誠心誠意
  でやっていればわかってもらえる、と思い込んでしまう。
  残念ながら人間性は、このようには簡単には出来ていない。私などはときに、人間とは
  心底では、心地よく騙されたいと望んでいる存在ではないかとさえ思う。
                 (ローマ人の物語文庫版19巻より)

この文章はズシンと重く心に響きました。人間の心の奥底を塩野さんはさすがに喝破
されていると思います。続けて彼女は心地よく他人を欺く達人が、カエサルや
アウグストゥスでそれゆえ彼らは、現在でもまごうかたなき「神君」として存在すると続けています。

私のような仕事の人間が「騙す」という言葉を使うと偽装ということを想像させてしまうので
軽々に使えませんが、食の仕事という極めてわかりやすさが求められる仕事でさえ、
ブランドとして育てようと思えば、誠実だけでは他者の心を虜にできないという非常に
デリケートな心の機微の存在があると感じざるを得ません。

書きながら一人の男性の顔を想像しました。先日引退表明した小泉純一郎元首相。
読書家として知られる小泉氏は塩野さんとは親しい関係のようです。
政治家としては感受性豊かな小泉氏は、もしかして彼ら「神君」を自分に重ねるべく
パフォーマンスされたのでは?と勝手な想像をしてしまった。(笑)

現在は負の部分に国民が疲弊して、小泉政治は否定的な評価をされています。
私だけでなく密かに、あの熱狂的人気の中で彼が首相に就任した時に「痛み」に国民が
耐えられなくなるのではと懸念した人間は少なくないと思います。
でも、小泉氏の騙し方はとても魅力的で、心惹かれるものがあったのも認めます。
歴代首相で女性誌に「寝たい男」などと書かれたのは彼だけでしょう。
国民も一抹の不安を感じつつも、どこか心惹かれていた小泉氏。
ある新聞が彼の約5年の在任期間を、「純ちゃんの治世」と表現していたのが秀逸でした。

クラウディウスの章を読み終わったとき、まさか小泉さんのことを考えるとは想定外でした。
さすがに奥が深いです。ローマ人の物語。

牛乳1リットル200円代は高いですか?
何回も書いているのですが、酪農の危機的な状況で廃業があいついでいます。
県によっては一割減のところもあるようです。
北海道から飲用牛乳を既に運んで使っているという噂まであり、スーパーは普通の牛乳の
(成分無調整牛乳、つまり普通の牛乳)特売を控えているところが増えました。

乳価が上がらない現状の中、一層の酪農離れが進むと言われています。
酪農家のブログや掲示板をみると、まさかとは思いますが次のような意見が書かれて
いました。

 「本州の酪農家は自然淘汰して残ったところが大きくなればよい」
 「国は北海道に酪農を集中させるつもりらしい」   etc.....。

国からの方針がはっきりと示されず疑心暗鬼になっています。
補助金を投入したところでそれは応急処置的なものでしかありません。
一旦酪農を廃業すると、もし再開するとしても牛の導入から始める事になり
莫大なお金と時間がかかります。
目に見えて酪農家が減り始めた現在、消費者連盟なども乳価を上げて再生産可能な
状態に立て直すことには理解を示しておられます。

酪農家が減って、牛乳不足から高騰を招いた方がいいという自嘲的な意見まで
飛び交う酪農界。
もし本当に牛乳や乳製品が異常な高騰になれば、それこそ食品業界がパニックとなり
市場が混乱するのは必至です。そんな事態にだけは絶対にならないで欲しい。

牛乳の1リットルパックが1000円としたら明らかに異常です。
でも200円代前半というのはそんなに贅沢品の範疇でしょうか。
乳価交渉の難航の原因が、どうも小売価格を先に設定し、それから逆算していることにも
起因してる様な気がしてなりません。
生産コストから逆算すれば大変な高価格になるかも。です。

メーカーは4月に値上げしたら消費者離れが進んだ。だから、乳価の再値上げは難しいと
主張します。だったら消費者向けにきちんとした説明を新聞広告に酪農関係団体と共同で
打つくらいのことはして欲しい。そのためならカンパだってしますよ。
値上げで消費者離れが進むことも心配かもしれない。でもこれ以上酪農家が壊滅すれば
もう小売価格云々などということを言っていられる状態ではありません。
一般の方のブログを読むと「国産牛乳を安定的に供給するには値上げは仕方がない」
という論調のものが多く何かほっとした記憶があります。

酪農は機械にも莫大なお金がかかり、自給飼料を作るにもトラクターなど設備投資や
メンテナンス代がかなりかかります。
そして子牛から育て、種をつけて1年たって出産して初めて牛乳を生産できます。
そして飼料代、労働。自分の仕事が大変だと声高にいうつもりはありませんが
これだけコストと安全性に心を配って生産した牛乳が

   1リットル200円台前半というのは理解不能なほどの高い価格ですか?

以前から酪農家は「水より安い牛乳」と自嘲的なジョークを口にしますが、
牛乳を何が何でも100円代で売りたい理由は何なのでしょうか。
みんな違ってみんないい
中山国土交通相による数々の暴言。選挙を控えてさすがに与党からも批判を浴びて
あっさり辞任。確信犯的に「日教組は悪い」「学力が低いのは日教組や戦後教育の責任」と
持論をまくし立てる中山氏。ご自分が申し分のない学歴と真の教養は別物という見本のような
人物だとご本人は気がついておられないのでしょう。

タイトルの「みんな違って みんないい」という言葉は夭折の詩人、金子みすずの詩の一節です。
この感覚は大臣や議員など社会のリーダーになるには最低限求められる資質と思います。

皆と違うことをすることは小さなことでも勇気が必要です。人の目も気になることもあります。
でも自分がとことん考えて、悩んで、それで持ち得た価値観を貫く勇気は生きるために
とても大切だと思います。古い価値観が根強く残る農村で、人と違う価値観や信条で
仕事をすることはとても勇気が必要で夫の両親にもある時期心配をかけましたが
あの時二人で勇気を持ってチャレンジして良かったと思います。
夫の両親はそれでも「ちゃんと収支が合うか」という意味で慎重論を展開しましたが、
息子が「人と異なる酪農の夢」を持ったこと自体を批判をすることは一切ありませんでした。

私はブログで何回かフランスの農業のことを書きましたが、AOC認定のチーズや農産物の
個性豊かなこと!個人を尊重しよくも悪くも「人は人」という価値観のフランスらしさが
出ていると思います。さすがに「ラ・マルセイエーズ」のお国柄だわ。自分や故郷の
価値観や個性を大切する心意気がAOCの農産物からは伝わってきます。

フランスといえば大好きなピアノデュオのラベック姉妹。
二人の音楽的個性も音質も均質なものが上級、と言われていていた連弾の世界に
異なる個性のぶつかりあい、という革新的な個性を持ち込みました。
彼女達の最初の師であるピアノ教師の母親は、ピアノのレッスン以外は二人が
それぞれ好きなこことをして異なる個性を身につけるよう教育したそうです。
私がラベック姉妹の芸術に得もいえぬ爽快感を感じるのはきっとそんな個性に
心を揺さぶられるからだと思っています。

もういちどラベック姉妹

多様な価値観が存在する世界。それこそがたとえ小さくても新しい一歩を
刻んでゆく力になると私は考えています。



ブランドになったのはいつ?
「ベーベ工房」というネーミングはもちろん商標登録をしているわけではありませんが、
製品のネーミング、いわば識別のマークのようなものです。

1998年にスタートさせてから早11年目。ベーベ工房は苗字と同じくらい自分になじんだ
存在となりました。
時々「ベーベ工房というブランド」と言ってくださる方もいて、ありがたく面映く感じるのですが
差別化としての記号としてのブランドにまでなったかと聞かれれば、正直自分ではわからない
というのが今の気持ちです。
バイヤーさんの話やお客様からのご意見、そして看板の類を出していないにも関わらず
個人名を書くことなく住所とベーベ工房御中だけで郵便が届くと、ある程度認知されたかな
とも思いますが、自分ではブランドとして確立されたという実感が伴いません。
だからまだブランドイメージとしては発展途上なのだと自覚しています。

それでも、お店でお買い上げいただいたお客様が、「おいしいから」とお友達に差し上げた
ことがきっかけでご注文をいただいたり、ご縁をいただけると少なくとも
ベーベ工房の製品=安心して人にプレゼントできるもの。と一部のお客様に
認知していただけているのかな、ととても嬉しく誇らしい気持ちになります。←単純
運にとご縁にも恵まれてメジャーな雑誌でも何回もご紹介いただけてもまだ
本当の意味のブランドになったとは胸を張れない自分がいます。

ブランドとして認知されている製品の中には、正直言って味の方はエクセレントとはいえず
せいぜいVery Good程度のものもありますが、そこは長年の伝統やブランドの底力で
その製品の包装紙やパッケージを見ただけで、黄門様の印籠ではありませんが
「ハイ、凄いです」と思わず言ってしまうものもあります。それがブランドの力のすこさです。

ベーベ工房という名前が名前を聞いただけで、あるいは製品を見ただけで私たちの目指す
イメージがお客様の想像するイメージとリンクするときこそが、もしかしたらブランドとして
確立された時なのかもと思います。
司馬さんの小説の題名ではありませんが、坂の上の雲を追うように夢を持って上を見て
歩き続けている現在が大変ですが幸せな時なのかもしれません。
あとで振り返って「幸せだったね」と思えるような。

野心というどぎつい言葉は嫌いですが、ブランドとして認められるものを形として残したい。
ささやかな目標がご縁をいただいた百貨店のギフトを手がけることです。
そのためには箱にまで百貨店の美意識と私たちの美意識を
重ねたものを作りたい。企画がOKをいただけたら当分ダンボールと格闘です。
もし、悔いのない私のブランドです、と言える会心作ができたら、勇気を持ってどうしても
見ていただきたいある恩人の手元に届けたいと思っています。
そこに取引の不文律はないのか?
酪農家たちの各地での集会やシンポジウムの効果もなく、10月からの乳価の値上げは
ありません。本当に滅入る......。
昨日届いた酪農家向けの業界新聞には、乳業メーカーや大手スーパーを回って酪農の現状と
乳価値上げに理解を求める組合の代表の必死の努力が掲載。読んでいて胸が詰まりました。
代表の皆様、本当にありがとうございます。

記事を読んで感じたのがメーカー側の値上げ云々以前の、対等の取引相手としての
姿勢についてでした。取引には信頼を築く上での最低限の不文律がありますが
それさえ守らない会社があるように思いました。例を挙げると

①面談時間はせいぜい30分。これでは名刺交換したらほとんど実のある話し合いが
  できません。乳業メーカーにとってもいわば原料が今後安定的に手に入らなく
  なるかもしれないという死活問題だという意識があるのでしょうか。
  小さなベーベ工房でも商談には1時間は割いてくださる会社がほとんどでしたが。

②最大手のメーカーは所用があるとして面会を拒否。個人企業でもあるまいしたとえ
 まだ役職ではなくても担当の社員くらい出すのが最低限のマナーだと思います。

正直って値上げ云々の数字以前の、生産者の代表(組合)は対等の交渉相手とも認められて
いないという印象をうける私が間違っているんでしょうか。

メーカー側はさすがに年を越せないほど追い詰められた酪農家の状況は理解はしている
ようです。そのくせ交渉の席に着こうともしないメーカーが組合側に一定量の牛乳の
納品はきっちりと要求しているようです。
こちらの提案や要求は「理解している」くらいの回答で、こちらにはしっかりと権利を主張
してくる構図。話し合いの内容以前のフェアではない(と少なくとも私は思います)
関係がこの先どれだけ持ちこたえられるのか非常に怒りと疑問を感じました。

どんな取引であれ、民法や商法、そして細かな法令や通達によって一定の枠が
かけられています。さらにその根本には不文律として信義に基づいた行動原則に則り
経済活動をする、というのが法治国家であるはずです。
日程の都合を上げて交渉の席にも着かない最大手のメーカー。
値上げ交渉が上手くいかず、酪農家の窮状を大きく掲載した業界紙を読みながら
ここの部分からしばらく目を離すことができないでいました。

今日の記事を不快に感じる方多いかもしれません。本当にごめんなさい。
伝えてゆくこと
昨夜、珍しく私のケータイが鳴りました。誰かと思ったらD-1のまこやんでした。
まこやんは将来的に牛乳などを自分の手で製造して消費者に届けたいという夢を
持っています。(まだ、漠然とした夢の段階だと思いますが)
私たちはヨーグルトの容器にガラスびんを使っているのですが、そのコストについて
まこやんは知りたかったようです。数字を挙げて答えながら、30分ほど話していたのですが
私にとても楽しくとても有意義な時間となりました。

個人規模で乳製品の製造~販売までを手がけている人間は酪農家でも決して多くはなく
ほんの少しです。組合や小規模な会社なら良い製品を出している生産者はおられますが、
酪農をやりながら会社の冠号もない全くの個人の生産者というのはごくごく少数です。
まこやんはお隣の埼玉でいろいろなことを伝えやすい、ということもあり今後、何か
アドバイスなりができれば全面的に協力したいと思っています。

まこやんにも話したことですが、「酪農家による安全な製品作り」というある種の
食文化を経験者なりに、それを志す後輩達に私に限らず(相手が望めばですが)伝えて
ゆくのも生産者としての大切な責任だと思います。
主人も30代のときは全国のチーズ生産者に快く大切なことをたくさん教えていただきました。
そして製造許可のことだけではなく組合に所属して牛乳を出荷しながらの製造と
なれば特殊な事情もあり、経験者が伝授することでしかわからないことも多いので
伝えてゆくことは非常に大切なことです。

まこやんはこのブログでも書いたことがありますが、私心なく子供たちへの食育活動などを
実にナチュラルに、だけど強い意志を持って行なってきた、若手の酪農家です。
人間として私も共感し、若いながら尊敬することもできる人が小規模でも自分の手で
製造して販売したいと思っていることは、これからの酪農界にとっても本当に
喜ばしいことと思います。

ベーベ工房は組合に所属して牛乳を出荷しながら、一部を自家消費分として認めて
いただき加工に回しています。このような小さなプラントについての製造許可が法律で
下りたのは1996年でした。夫はそれを待ってから小さな工房を作りました。
これまであまり例のないことでもあり、組合の方々にも最初のうちはかなり気を使いました。
(組合の方々の思いやりには今も深く感謝しております。)

そしてスタートしてみると、ビンやキャップの入手先、チーズの入れ物など実に雑多なことで
入手先を探すのに苦労しました。10年前はまだインターネットがここまで普及しておらず
電話帳や知人を頼りに今のビン会社や砂糖会社を探し当てたのです。

できれば、まこやんたちなど後に続く人たちにはにはこのような苦労はして欲しくない。
私たちが始めた当初より食の安全が厳しく問われる現在、安全で信頼される製品を
消費者に届けるということに全力を挙げて欲しいし、そのための努力や苦労は買ってでも
して欲しいと願っています。
そのようなわけで「フェルミエ生産者(農家の生産者)」を真剣に目指したいという
後輩達にはできる限りのことはしてあげたいし務めだと思っています。

苦境が続く酪農界。組合とメーカーの関係も現状のままでは行き詰まると思います。
不況モードに入り、小売価格も乳価も思うように上がらない。若い酪農家には夢を
持って生きて欲しい。
そんな中、たとえ小さくても自分で搾った牛乳を自分の手で加工して消費者に届けたい
という志の若い酪農家たちが、あるいは酪農界にひと筋の光をさしこむようになるかも
しれません。少なくとも私はそう願っています。
たとえ、小さな一歩でも踏み出そうとする後輩にはできる限りの思いをかけて応援したいと
思っています。
神様、私は二度と飢えません
ブログの文章も毎日書いてお気楽な、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
酪農が危機的な状況の中、我が家も苦しいです。ベーベ工房の収入が補填に回ることも
多々あります。ベーベ工房も将来を見据えながら、舵取りをしなければならず起きている時に
このことが頭を離れる時はありません。慢性的な精神的疲労が抜けません。
お客様の支持と製造者としての責任感とプライドがあるからこそやれています。

酪農家の多くは苦しい中、家族のために必死に働いています。
家族を飢えさせないために。子供の将来を守るために。
私も息子がいるからこそ踏みとどまれているように思います。

BSE騒動の時もVHSで繰り返し見て、自分を励ましていた有名な「風と共に去りぬ」の場面。
南北戦争で荒れ果てた故郷のタラに帰ってきたスカーレット・オハラが、泥まみれになって
大地と格闘しながら私は二度と飢えない、と神に誓う前編中の白眉ともいえる名場面です。



        神様。私は二度と飢えません。 
        たとえ盗みを働き、人を殺そうとも
        私は家族を守り抜きます。
        見ていてください。私は二度と飢えません。

大地主の令嬢として美しいドレスを纏い、気位高く育てられたスカーレットのどん底にあっても
決して屈することのない人としての意地やプライド。
この場面を自分の支えにしている人は世界中に存在すると思います。
今をときめく黒木瞳さんも宝塚を退団後、仕事の決まらない日々の中この場面を心の
支えにされていたそうです。それにしても1939年の映画のヒロインのセリフだもの。
本当に凄い。

戦禍があるかぎりこの映画は世界中で上映されるといいます。
戦渦に限らず、苦境の中前を見てひたむきに努力する特に女性の心をこの場面は支えて
きました。きっとこれからも。
製作者のセルズニックは大手映画会社の手を借りず、自分の独立プロで背水の陣を
ひいて「風と共に去りぬ」を世に送り出しました。
そんな痛いほどのひたむきさが、この場面を人の心を支える迫力あるものにしたと思います。

私も現状を打破すべく頑張ります。家族を飢えさせないために。
明けない夜はないから。(ちょっとイタイですね)
そして、ブログのお友達には本当には励まされています。本当にありがとう。
そして特に酪農家のお友達、強い意志を持ってお互い頑張りましょう。

本当はこのシーンを忘れるほどの平穏な日々がやってきて欲しい。
でもこの映画があったことを心から感謝します。
ミスター・セルズニックに乾杯!
塩野七生「ローマ人の物語」悪名高き皇帝たち
ここで私が書くのは文庫版の17巻と18巻。「悪名高き皇帝たち」の1巻と2巻の主人公
ローマ帝国の二代目皇帝ティベリウス(在位14~37年)についてです。

ティベリウスは初代皇帝アウグストゥスの妻の連れ子です。皇帝になるまでの経緯は
こちらを参照してください。

パクス・ロマーナ

初めにお断りしておくと、悪名高きのシリーズに入れられているティベリウスですが、
塩野さん自身、非常に彼に高い評価を与えています。また後世のヨーロッパの学者も
「ローマ帝国の最良の皇帝の一人」として再評価をしています。

ティベリウスの治世の特徴は初代皇帝アウグストゥスの敷いた基本路線を安定した
ものにした、ということだと思います。その間にゲルマンとの戦い、小麦不足などの
危機管理も手堅く着実な処理で乗り越えました。塩野さんは彼を評して
「冷徹なプロフェッショナル」と表現しています。

な・の・に。ティベリウスは当時のローマ市民に晩年は特に不人気。
77才で亡くなった時は、ローマ市民が歓呼の声をあげたほど。
また彼の治世の晩年に、ユダヤでキリストが十字架刑で処刑されたこともありキリスト教徒
からも罵声を浴びせられ、彼の善政と強い責任感を思うと私などは同情してしまいます。

ティベリウスはアウグストゥスとは血の繋がりがない上に、アウグストゥスとは格の違う
名門の出身です。それゆえアウグストゥスの血を引く縁者達とのいわば家庭内トラブル、
60才を過ぎてからの長男の暗殺など、内輪の悩みに苦しみぬいた一生でした。
晩年はカプリ島に隠棲(家出)して、そこから元老院をコントロールして最後まで皇帝の
責任をまっとうしましたが、ローマに戻ることはありませんでした。

政治的、軍事的な才能は抜群。ついでに初代と違い体力も抜群、名門出身らしく教養も
文句なし、若いときから部下の兵士の信頼も厚いティベリウスでしたが、決定的な欠点が
「人の心を掴む芝居ができない」ことでした。俗に言うとKY。
何せ大人気の将軍ゲルマニクスの戦死の時も母の葬儀にも出席しなかったほどです。
人気取りをする権力者も見苦しいですが、ここまで私情を挟まないのも寒々しい。
若いとき唯一人愛した妻と離縁させられて、アウグストゥスの一人娘ユリアと結婚させられた
ものの、すぐに別居。再婚は二度とせず妾もいませんでした。捨てられたユリアは父によって
流罪になるほどのご乱行に走ることになります。

私はティベリウスの章を読んで、ひそかに男らしい彼にときめいたりもしたものです。
でも、実際こんな男性に淡い想いを寄せても後に残るのは砂を噛むようなわびしい
思いだけかもしれません。いえ、こういう才能は抜群だけどどこか感性に乏しい男は
こちらのかすかな想いにすら気づいてくれない可能性が大きいでしょう。
終いにはこちらがその無神経さにキレるかもしれない。(笑)ローマ市民のように。

善政を敷き、安定した平和な生活を保証したゆえに、どこか暇になったローマ市民に
後世まで悪口を言われたティベリウスの悲劇。
国を治めるということは法律や政策といったハード部分だけではなく、国民といういわば
女性とも恋人とも取れる存在の気持ちを汲み取ってやれるソフト部分にも長けていないと
名君、とは言えないのかもしれません。悪評に耐えながら先帝と同じ77才で亡くなるまで
責任を全うしながらスーパースターになれなかった男の悲哀をかみ締めながら読破しました。
感激を源泉にして
この一ヶ月近く、ずっと読んでいる塩野七生さんの「ローマ人の物語」。
文章も登場人物もこの上なく上質な魅力に富んだ名著ですが、中でも心が震えるほど
感動的な一文がありました。カエサルが55才で暗殺され、遺言状で遠縁にあたるわずか
18才のオクタヴィアヌス(後の初代ローマ皇帝アウグストゥス)を後継者として指名した
歴史的な(後世から見れば)出来事について塩野さんはこのように記しています。

..................略.......このカエサルの思い遣りを、誰よりも正確に受け止めたのはオクタヴィアヌスで
あったと思う。.......略.....まだ何も業績をあげていない自分なのに早くも認めてくれていたという
一事だけでも、感動にふるえたとて当然ではないか。18才の若者をゆり動かしたにちがいない
この感動が、その後の彼を支え続けた強烈で持続する意志の源泉ではなかったか。
                   (文庫版13巻ユリウス・カエサル下 より)

この一文を目にした時、何故かベーベ工房を始めてからの11年が走馬灯のように頭を
よぎり、恥ずかしながら涙がこぼれそうになりました。

始めた当初、まだガラス瓶にベーベのイラストのシールを貼っただけの粗末なヨーグルトの
サンプルを見て、180ccの小瓶を作ったら扱うと言ってくださった青山が本拠の
オーガニックショップのバイヤー。原価を表す「下代」という用語もわからない素人商売の
私に一から教えてくださった上、夫の真面目さと味の可能性に賭けて現在も大切に
お取り扱い下さるスーパーの部長。チーズの製品化を応援して下さった群馬のスーパー
の社長。

当時から「消費者の信頼」「食の安全」を何より大切に考えておられるお店が、海のものとも
山のものともつかない小さな農家の作る製品を大切に考えって下さったこと。
これは簡単にできることではないと思います。
当時の私たちはまさに18才のオクタヴィアヌスのような状態でしたから。あったのは夢だけ。

この時の感激と感謝があるからこそ、現在まで辛いことがあっても努力をし続けることが
できましたし、消費者に少しでもおいしく安全な製品をとこれだけはとれだけ苦しくても
強い意志を保ってこられたと思います。
感激、という夜空を一瞬だけ彩り消えてゆく花火ようなはかない感情がこんなにも人を
強く、長く揺り動かすということにただただ感動しています。

願わくば、私も少しでもそのような感動の源泉を与えられる人間でありたいと及ばずながら
願っています。ある時にはその人の心に沿って励まし、ある時は一見ささやかな贈り物に
エールを込めて。

40も過ぎてやっとわかるのかな。こういう微妙な感情は。

牛乳不足の現実
最近のインターネットでのニュースです。
春先から噂されていた牛乳不足。
沖縄では1ヶ月も製造ラインが中止されたそうで、これを読んだときにはかなり驚きました。

牛乳不足

数日前スーパーに行ったら大量の低脂肪牛乳が並んでいて異様に映ったと書きましたが
9/8のエントリー
もしかして、安売りのためだけでなく成分無調整、つまり普通の牛乳が不足しているのでは
と考えてしまいます。

それにしても不思議なのは酪農家にとってこのような生命線ともいえる重要な情報を
知ったのが、たまたまインターネットで配信されるニュースで、組合や乳販連からの
通知ではなかったことです。

6月から7月にかけて関東の各地で、乳価の年度途中での最値上げを求めて、各地の
酪農家が集会やデモ行進を行ないました。7/31には全国大会も東京で行い、
乳業メーカーとの交渉を再三行なっていますが、「再値上げは消費者離れをおこす」との
メーカー側の主張と、10円乳価をアップしないと国内の酪農は崩壊すると主張する組合側の
主張が平行線のまま再値上げの見込みは全く立っていません。
スーパーなど小売業の発言力はメーカーにとっても無視できないほど強いもののようです。
その間にも、飼料代が払えない酪農家はどんどん増えています。

実際はこのニュースを見ると牛乳は本当に不足しているようです。
「特売の自粛のお願い」なんて一歩間違えば独禁法違反と言われそうなことまでメーカーが
スーパーにお願いしているのですから。
でもそんな情報は、組合からは一切入ってきません。

一酪農家から組合にもメーカーにもお願いなのですが、現時点での正しい情報を
生産者である酪農家にきちんと随時開示して欲しいということです。
配布物にするとお金がかかるなら、メールアドレスを持っている酪農家にはアドレスを
申告させてメールによる開示でもかまいませんから。
酪農家の代表も、忙しい中何度も上京して価格交渉に参加しているらしいのですが、
彼らにさえすべての情報は入ってきていないようです。

組合にしてみたら、値上げを酪農家に報告できないことの申し訳なさ、ある種のメンツ、
酪農家の怒りをぶつけられることへの恐怖もあるかもしれない。
でも組合は酪農家の代表という存在だし、それだけの存在でしかないはずです。
きちんとメーカーに実際の牛乳不足の現状や、今後の見通しなどは数字をあげて報告
させるべきです。

酪農家も消費者も正しい情報を知りたいし、知る権利があると思います。
クリスマスの時期、またバター不足も噂されているんですが。
小さな洋菓子店や主婦がバターを置いてあるスーパーを探し回るという事態は
大丈夫なのでしょうか?

 組合関係者から「交渉のためにすべてのことは言えない」と言われたことがあります。
これじゃまるで戦前の大本営発表。
そんな中で「安全な牛乳を作りましょう」と言われる酪農家はたまったものではありません。
中国ではメラミン入りの牛乳で深刻な問題が起きていて、国内でも回収騒ぎに。
敵失に乗じるのはフェアでないのは重々承知ですが、組合も「安全性」を前面にメーカー
に主張する今が好機なのに。絶好球を前に見送り三振のような気分です。
何もできない自分が歯がゆいです

安全な牛乳を作るためには正しい情報が不可欠です。
そんな生産者にも隠蔽する体質だから、消費者に値上げが理解されないのは当然です。
結局、誰のための正しい情報の開示か、メーカーと組合は考えていただけませんか?
 
牛舎でリラックス
ジャージーの子牛「ちろり」が生まれたのが8月26日。
(少し早いけれど)生まれて約1月が経ちました。
お陰さまですくすくと元気に育っていて、体もずいぶんと大きくなりました。
ミルクを飲み、やわらかい牧草を小さな口でもぐもぐと食べています。

ちろりはジャージー牛なのでホルスタインより一回り小さいのですが、それでも子牛というのは
(当たり前だけど)小さくて可愛いものです。
特に生まれて10日くらい経つともぐもぐと反芻をするようになるのですが、このもぐもぐが
本当に可愛い!

牛舎の仕事で「癒し」というと不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、子牛はやっぱり私にとって
心癒される存在です。とくに生まれた直後から面倒をみているちろりは私を母と思っているようで
名前を呼ぶだけで耳を動かして返事して擦り寄ってきます。

ブログのお友達からも慌しい毎日に対してやさしい励ましを頂き心から感謝しています。
確かに休みがなくて辛いこともありますが、会社員時代よりは精神的にリラックスできますから
何とかやれてます。セクハラもパワハラもないし。(汗)
牛舎ではほんの僅かな時間お茶をします。
その時読んでいるのがたびたび書いている「ローマ人の物語」。まさか塩野七生さんも牛舎の
机に著書が乗っているとは想像できないでしょう。
現在は、あのシリーズで二代目皇帝ティベリウスの章を読んでます。
男っぽいプロフェッショナルな彼にちょっとときめいたりして。
この上に何をお望みですか?
これは1972年に録音されたイタリアの名ピアニスト、マウリツィオ・ポリーニの
「ショパン練習曲集」が発売された時LPレコードのジャケットの帯に書かれていた
キャッチコピーです。

当時はクラシック音楽でも人気アーティストの新盤が出るとレコード会社がこういう
気の利いたキャッチコピーをジャケットに大きく出していました。
(今のコンパクトなCDではインパクトが少ないかもしれません)
その中でもこれは出色のコピーでした。このキャッチコピーを忘れられないものにしたのは
なんといってもポリーニの歴史的名演でしょう。
1960年のショパン・ピアノコンクールで錚々たるピアニストが務める審査員諸氏に
「ここにいる誰も彼のように弾けない!」と弱冠18歳で言わしめて圧倒的な点数で
優勝したポリーニです。


その彼が約10年近い研鑚の時を経て出したのがこの「ショパンの練習曲集」です。
とにかくきらめくような音、完璧なスケール(音階)。何かショパンというかピアノ音楽の
概念すら変えた、と音楽界に衝撃を与えました。
いかにこの1972年版が凄いかは、ポリーニ以降、練習曲の全曲集を録音した名ピアニスト
の版が多くなった中1990年代のある音楽誌で評論家がほぼ全員このポリーニ盤を
推薦していたことからもわかります。





私がこれを初めて聞いたのは親にねだってLPを買ってもらった13才の中学一年の
夏の土曜日でした。
ピアノは幼少から習っていたのでどういう演奏が良いかは子供なりにわかっていたつもりでした。でもいざ、レコードに針を落として聞き始めたとき、あの輝かしい音に圧倒された13才の
少女は終始無言だったそうで、母に言わせると夕食時も呆けたような顔で
「ポリーニ、すごい・・・・・」を口走ったようです。

大人になって私なりにこのポリーニの練習曲集につけたコピーは
「黒船が来た」です。今でも私にとってこの盤は黒船が来た、としかいいようの
ない存在で輝いています。

他者からのAttention
「AERA」の9.22号に姜尚中教授による感動的な「漱石論」が掲載されていました。
自己の存在理由に悩み続けたという夏目漱石。
姜教授は、ご自分の在日二世という出自に悩んだ若き日、実家の近くに漱石の五高時代の
旧居があったということもあり、高校時代は漱石を貪るように読まれたそうです。

私が特に感動したのが、姜教授の「それから」の解釈でした。

  他人から感謝されることだけでも、人は帳尻を合わせることができるものです。
  この本が(註 それから)教えてくれるのは、働くということは他者からの
  アテンションを受けられるということ。他者との関係を抜きにして働くことの意義なんて
  見出せないのです。   (アエラより)

私もベーベ工房の仕事を通じて「他者からのアテンション」を受けています。
それがあればこそ苦しい時も踏みとどまることができました。

こんな一見難しいことを書いたのは、最近ちょっとショック(大げさですが)なことがあったから。
このブログにも心温まるコメントを寄せてくださった、そして感受性を交わすことのできた
ブログのお友達が突然ブログをお休みしたことです。
休止の原因はトラブルではなく、「家族のことしか語れない自分」ということが一つの
原因とありました。そして新たな気持ちでいつかスタートしたいと。
ブログを通じて知り合いになった人たちへの感謝の言葉と、「世の中はいい人ばかりと
ブログをやってみて思った。生きる勇気をコメントからもらっていました。」とありました。
そんなコメント欄を閉鎖してすべて削除したのですから、決意の固さが伺えます。

私はD-1のまこやんのようにブログを通じてリアル友になった方もいるし、まだお会いして
いませんがメルアドや住所を交換した方もいます。
彼女は、お互いのブログを通じて心を寄せ合った方にも一切メルアドなどは教えていなかった
ようなのでブログ休止で私よりずっとショックの大きい方もおられるようです。

私は仕事も兼ねたブログですし、初心者ですのでブログの友人とどこまで関わるのが
正解なのかわかりません。でも仕事だけではなく趣味やお互いの生活から感じる感性を
伝えることで、姜教授のおっしゃる「他者からのアテンション」を受ける幸福を感じています。
価値観は自分ひとりの努力では影響をうけないのだと体感しています。

私はたまたま自営業主婦のはしくれですが、専業主婦だから家族のことしか語れない、と
いうことは全くないし、気にすることはないと断言します。
彼女の穏やかで、透明感があって、時にお茶目に時に硬派に日々の出来事を語る
文章に大きな影響を今も受けています。自分で見ると、明らかに彼女を知った後の
文章に好もしい変化があります。

他者の感性に影響をを与えるものはただただその人の感性です。
年収がいくらとか、地位がどうだとかそんなものではないと思います。
心優しく、温かく、時に生き生きした好奇心にあふれた人なら素晴らしい
「アテンション」を発信できます。
私はずっとそんな「アテンション」を受けたいし、もっと年をとってもそれを感じ取れ得る
だけの感受性は持っていたいと思っています。

独りよがりな文章でごめんなさい。Tさん、いつかあなたの感性溢れる文章に
また会える日を心からお待ちしています。どうぞお元気で。

そこにいることの幸せ
19日にトンボ帰りでしたが5年ぶりに東京に行きました。
先日お伝えしたように、老舗百貨店と担当者とお会いするためです。
実は私が一週間違えるというハプニングがありましたが、平謝りの私に対しバイヤーさんは
快く応じてくださり、中身の濃いお話の機会を持つことができました。本当にありがとうございます。

詳しくは先方にご迷惑をかけるといけませんので割愛しますが、お客様に安心で心を捉える
製品をお届けする、という姿勢は私が考えていた以上に高いレベルでした。
そして何より嬉しかったのは、家族経営で大量生産ができない上人員のいないベーベ工房のような
生産者にも、ベストを尽くせるようなご提案をしていただいたことです。
高級百貨店=うわべのセレブ。ではありませんでした。もちろんお客様に夢を与える場である
というプライドはひしひしと伝わってきましたが、それは暖かな思いに彩られた、しっかりした
土台の上に立ったものであることが伝わってきました。

圧巻は食料品フロアをご案内いただいたことでした。
売り場の位置、ディスプレイ、商品のセレクトetcどれをとっても緻密で、さまざまな分野の方の
知恵と感性の結晶がそこにはありました。
担当者のわかりやすく、心を込めた説明を聞きながら、私にしては珍しい「あがる」という
心理状況でしたが、それでも自分も好きでやってきたリーフレットなどのデザインのこと
ゴディバやデメルといったブランドのこと、ワインのこともかじるくらいは読み込んでいたこと
など「自分で楽しみながら努力したこと」があって本当に良かったと思いました。
それでなければ説明の半分も理解できなかったでしょう。

1998年以来、唯一誇れることは、さまざまな方にお心をかけていただき素晴らしいご縁を
いただいてご期待に添えるように非力ながら努力してきた中で、私の方から知人に
「こういう店を紹介してほしい」とお願いして他人に営業をしていただいたことはないと
いうことです。(本意ではありませんが傲慢に感じたら申し訳ありません)
自分の製品がお店に釣りあっていないと結局お客様に迷惑をかけてしまうからです。

先方と当方のベストな時期を慎重に見極めての開始となると思いますが、
今後の展望、目指すべき方向を話し合いの中で感じられて幸せでした。
またぞろ、イラストを使った次のツールを作りたくなりました。(笑)
感性を刺激されると私はとても幸福になります。

「ここにいられて幸せです」とバイヤーさんに思わず伝えました。
こんな小さな生産者のサンプルと資料を丹念に読み心に留めてくださった担当者や
回りの方に厚く御礼申し上げます。スタートまでに全てを最高の状態に進化させるべく
頑張りたいと思います。

館山中村屋のロシアケーキ
一部地域だけかもしれませんが朝日新聞で紹介されていたのがこのロシアケーキ。
千葉県館山市の老舗のパン屋さん「館山中村屋」で作り続けられているクラシックな
クッキーです。

ロシアケーキ

新聞で「館山市北条」の住所を見たとき、私は一気に館山で過ごした子供時代にタイムスリップ
しました。実は私は館山で生まれたのです。祖父が聖公会(立教大学や聖路加病院がこの
宗派のキリスト教)の牧師をしていて祖父の赴任地の教会がここにありました。
夏と冬は毎年、両親が帰省していたので、私の子供時代の大きな位置を占める町です。
夏は毎日海岸まで歩いて行って海水浴。私は今でも海岸線を見ると走り出したい衝動に
駆られます。

そしてロシアケーキ。子供時代に何度も食べた懐かしい味。ちょっとしたおみやげに
よくいただきました。もちろん母や祖母とお店に行って焼きたてパンも買いました。
HPで紹介されている可愛らしい絵の紙袋も当時のまま。懐かしい....。

初代があの相馬愛蔵&黒光夫妻の新宿中村屋で修行をして、ロシア人技師から伝えられた
味がロシアケーキです。久々に食べてみるつもりです。

今年のお歳暮は決まりかな。(^^)朝から懐かしさで幸福な日でした。
群馬の山羊のチーズ
私たちの牧場からもう少し山に登ったところに、彫刻家の熊井淳一先生の
「ギャルソンチーズ工房」があります。
熊井先生は、子供の頃から山羊のお乳を飲まれていたそうで
山羊のチーズを作りたくて群馬に移住されたそうです。
作られているチーズは山羊のチーズ、シェーブルなど。前橋でも少し
売られているようです。

私も何度かお邪魔しましたが、子山羊の生まれる春は可愛い子山羊がたくさんいます。
山の中で山羊を飼い、チーズを作り、野菜や花を作るという究極の品の良い
スローフードな暮らしをされています。
チーズの素晴らしさもさることながらそれにもまして素敵なのが
熊井先生の暖かなお人柄。
穏やかでユーモアがあって素朴で、気取ったところがどこもない。
息子は一度お邪魔してすっかり気に入って「山羊のおじちゃん」
と呼んでいます。
東京芸大~大学院というまばゆいばかりのキャリアの彫刻家でいらっしゃいます。

熊井先生の暮らしを見ていると、老後こんな素敵なチーズライフを夫に
おくってもらいたいと思います。暖かく、ゆったりと時間が流れる豊かな空間。
それを実現されたのは、熊井先生の若い頃からの努力と才能のたまもの
なのだと尊敬しています。

来春、子山羊が生まれる頃またお邪魔したいです。

ギャルソンチーズ工房

東京へ
金曜日に東京に日帰りで行ってきます。
バイヤーさんとお話をするためです。
ずっと憧れていた、東京の名門百貨店。
幸い製品と資料に好感をもっていただき、家族経営の酪農家&生産者なので今後の
できること、できないこと、生産能力など細かいことを実際にお会いしてお話することと
なりました。東京に行くのは子供ができる前の2003年以来です。
久々の東京に緊張しそうだな。

ベーベ工房の製品は規模を問わず全て私が憧れて、共感をお互いに持てるのではないかと
思ってアタックさせていただいたお店に置かせていただいています。

ここで書きたいのは手柄話でも自慢話でもなく、小さな生産者でもひとつひとつ実績と
信頼を積み、強い信念で味と安全性とセンスある製品を作れば、自分の憧れたお店と
ご縁を持つのは決して夢ではないということです。

ビジネス書みたいな書き方で嫌なのですが、お店や消費者の信頼を得るには、
  
      おいしくて安全な製品
      手にとってみたくなるセンスと楽しい個性の製品
      生産者の強い意志と責任感とモラル

  があれば最低限何とかなると思います。

小さな生産者は、実は私もそうですが、何となく小さいということに劣等感を持って
しまいがちですが、信頼を得て愛されるということに、地位や肩書きは無力なものです。
忙しい日々の中、名刺ホルダーの中の名刺がなかなか増えなくても劣等感を持つことは
全くありません。

自分の製品を原材料を吟味して丹精こめて作り、客観的なデータや資料を用いて製品の
説明をして、できればパンフレットなど販促ツールの作成に自分のセンスを投影する。
このあたりをきちんとすることができれば、決して小さいことで臆することはありません。

製品を取り扱って下さる、お店の「安全なで良心的な製品を届ける」という信条が
小さな生産者を育ててくれています。
会社ですらない夫婦二人のベーベ工房を信頼いただけて、お店にもお客様にも
感謝の念で一杯です。

これからも精一杯努力したいと思います。
当事者だからこそ伝わるもの
主人が新しいチーズの試作を考えています。
名前は失念しましたが、フランスやイタリアでは作られている、ワインを搾った後のブドウの
搾りかすにチーズを入れて発酵させるというものです。
地元に、地元のブドウを使ったワインの製造所があり、そこに問い合わせたところ、次回
搾る時に電話をいただけることとなりました。
対応してくれたのは、ずっとここで働いておられるベテランの女性。当事者としてずっとワイン
を見てきている方ならではの暖かさのあるものでした。

ところで、また、まこやんたちのD-1のネタ。
まこやんたちは以下のような活動で、地道に子供達に酪農や牛乳の知識を知ってもらう
活動をしています。わくわくモーモースクールがこんなに大変だと初めて知りました。

ミルクマンショー

わくわくモーモースクール

忙しい仕事の合間を縫って若い世代が、私利私欲でなく頑張っている姿勢に私は少しばかり
目がウルウルしてしまいました。
たとえまだ若さゆえの未熟さがあっても、学識者たちほどボキャブラリーがなくても、普段から
生産現場で汗をかき、努力をするからこそ伝えられる何かがあると思います。
酪農に限らず、食の世界では。

私は食の生産でも流通でも、当事者の言葉の方が胸に収まります。
汗一つかかない学者が、生産者や消費者を前に指導とも取れる講演をすることは
あまり好きではありません。
食べることは本能に関すること。だからきらびやかな専門用語より、朴訥な体温を感じる
言葉でしか伝えられないものは確かに存在すると思います。

D-1の皆様。あなたたちの純粋な情熱を見ていると、酪農にも未来があると勇気付けられます。
ピュアな気持ちの活動の前には、肩書きや地位が色あせてみえます。
酪農家の一人として心より御礼申し上げます。

ショパン・ワルツロ短調 作品69番2
ショパンが19才の時の哀愁に満ちたワルツです。
ショパンの作品の中では難易度は低いほうなので、ピアノの発表会で弾かれることも多い曲です。

この曲が一般に強い印象を残すきっかけになったのが、マルグリット・デュラスの自伝的
小説を1992年に映画化した、「ラマン 愛人」だと思います。
物語は以下を参照してください。

ラマン 愛人

15才の少女(デュラス)の中国人青年との絶望的な性愛が描かれたR-18指定の映画です。
私も映画館で観ましたが、原作の魅力もありいわゆる成人映画とは一線を画する作品でした。
少女と資産家の中国人青年の関係は、表面上は「援助交際」そのものなのですが。
ショパンのワルツが使われるのは、ラスト近く、少女の一家がベトナムを去りフランスに帰る
客船の中の場面です。夜中に船のどこかで誰かが弾く、ショパンのワルツを聴いた少女は、

 「何かしらに関する天からの厳命のように、内容の知れぬ神の命令のように」
 と自身の中に湧き上がる衝撃を感じ、「あの中国人青年を愛していないという確信が持てなく
 なって」身を揉んで号泣します。

少女の心の奥深いところにしまわれていた自分でも見えなかった愛を、ショパンのワルツ 
はゆさぶったのです。恋の切なさや絶望感を知った人間には肌で迫ってくるような名場面です。



原作は「18才で私は老いた」という書き出しで始まります。
私は個人的には早すぎる性体験には懐疑的ですが、端からみれば援助交際を、
ここまでの芸術に高めたデュラスには脱帽です。

映画はその後再会することのなかった二人ですが、ずっと後年(映画で女性の初老の背中が
年月を語ります)、パリに妻と来たかつての中国人青年が作家となった彼女に電話して
「ずっとあなたを愛し続けるだろう」と言ったとジャンヌ・モローのナレーションが語るところで
終わります。電話での再会までにあった出来事は戦争、収容所、結婚、離婚、子供の死。
デュラスも一生この中国人のことを心の大切な場所にしまって、1996年82才の生涯を
閉じました。さまざまな恋の伝説を残して。

息子の誕生日
親ばか記事でごめんなさい。
今日は息子の4才の誕生日です。
もうあの新生児時代が遠い昔のようです。
保育園も3年目。だいぶ字も読めるようになり、やんちゃに元気に育っています。

息子が生まれたのは結婚8年目。40を過ぎてもう子供はあきらめた矢先のことでした。
その4年前には、体外受精までやったけれど失敗。
薬の副作用とストレスに耐え切れず治療を断念。悔いなく生きられれば良いと思い
ベーベ工房の仕事に打ち込んでいました。

高齢出産~育児は予想以上に大変でした。新生児時代の育児は怒涛の日々。
ですが月日と共に子供は成長し、笑い、歩き、話し最近はいっぱしの理屈も言っています。
大変なことも多いけれど、息子がいるから頑張れるし、私も強くなりました。母は強し、です。

昨日の朝日新聞に「二人目不妊の悩み」という特集がありました。
子供が多いお母さんに劣等感を持っているという方も多いそう。
でも、私は二人目で悩んだことはありません。息子が元気に育ってくれれば十分。
それだけです。人にはそれぞれキャパシティがあると思います。体力も経済力も。
無理をせずそれぞれの育児をやるのが一番です。こういう考えなので、母乳育児で
なければダメとかテレビは一切見るなとか、枠ではめる育児が苦手です。

今日は、息子に千葉の「けい工房」さん」の手作りケーキが届きます。
小林啓子さんの作るケーキは本格的なおいしさです。
工夫をこらしたキャラクターケーキをオーダーメイドで作ってくださいます。
今年は「ポニョ」で作っていただきました。
去年は「トトロ」、一昨年は「アンパンマン」でした。

けい工房さんのHP

子供が生まれて広がった世界は多いです。トトロも子供を持って初めて知りました。
息子によって私も成長しているようです。
4才のお誕生日おめでとう。君が元気に明るい子に育ってくれれば十分です。
牛の業界も棄てたもんじゃないよね。
D-1のまこやんが寄せてくれたコメントを読んで、事故米まで流通していた米業界に比べて
牛肉は安全を提供するシステムを真摯に機能させているなあ、と改めて感じました。
スーパーマーケットのHPで、牛肉の生産履歴を検索できるシステムがありますが、
あれも牛が生まれた時に耳標をつけて届け、異動や死亡があれば届ける耳標システムが
完全に機能しているからです。

2001年に国内初のBSE感染牛が見つかり、肉牛の農家だけでなく酪農家も大パニックに
なりました。農水省はトレーサビリティの確立を急ぎ、あっという間に耳標制度を作りました。
日本全国のどの種類の牛でも100%耳標がついています。
これがないと市場に出荷もできません。うっかり番号を間違えて異動報告を出して、市場から
牛を返された農家もいます。

市場に老齢になった牛を肉にするため出す時は、3日前までに抗生物質を完全に投与が
中止になっていなければ出せません。
また冬場に牛に流行する下痢を伴う「コロナ」という病気がありますが、これを予防するワクチン
を打てば6ヶ月は肉として出せません。
また、家畜商の組合の取り決めで、市場に牛を出す時は与えている飼料の明細も提出
させられます。書いていてもかなり安全のための手間がかかっていると実感。

耳標は市と農政事務所が管理しています。肉牛農家も酪農家もきちんとルールに従って
届けています。国が時々「日本の牛肉は世界一安全」と言いますが、それは外国も
認めているようです。ひとりひとりの牛に関わる人々の努力のたまものです。

事故米、とうとう老人ホームや保育園でも見つかりました。
ブランド偽装もいやだけど、食用ではない米を食べさせられていた屈辱感はあるだろうなあ。
日本は米の国。これを契機に追跡調査システムを作るべきです。
やれば、できる。耳標をつけながらいつも私は思っています。

どうして原料に心を入れないの?
事故米の食用としての転売はどんどん問題が拡大しています。
食用への転用が各地で発覚しています。

カビや害虫、そして高濃度の残留農薬つきの米。いくらミニマムアクセスといってもこんな
米を輸入して売るシステムにも強い憤りを感じます。
食の偽装や不正の中でもこの事故米の不正は私の中では、「論外」レベルです。

それにしても私が疑問に思ったのは、知らぬうちに事故米を買わされて焼酎や米菓子を
作って出荷して、回収作業に追われているメーカーの「原料に対する見識」です。
確かに騙されたのでしょう。自分達は被害者だという考えもわからなくはありません。
でも、お酒やお菓子の味を決める主原料を、現場も見ず、それ以前に原料の選定に心を
配るという生産者としての一番大切なことに心が入っていない姿勢に大きな
疑問を感じます。

日本酒のライターとして名高い藤田智恵子さんに以前、「日本の大吟醸100」(新潮社)
という本をいただきました。これを読むと大吟醸を作っている醸造所の多くが原料の
「米」「水」の選定に蔵元の誇りや杜氏のプライドをかけて大変な努力をされていることが
伝わってきます。契約農家をひんぱんに訪ねたり、酒造好適米を共同で品種改良
したり、県内産米にこだわったり、酵母を県あげて研究したり。
でも作り手としては苦労があっても原料の選定は、生きがいを感じると思います。

事故米をつかまされた焼酎の醸造所は九州の業者がほとんど。
失礼な言い方ですが、米どころといわれる県の醸造所に比べて「米に対する感受性」
の感度が低いような印象を受けるのです。安かったから、というのはあまりにも製造者と
して見識がお粗末です。
このブログで再三書いていて自分でもうんざりするのですが、やはり相場よりかなり安い
原料は疑ってかかる方が賢明だと思います。いくら自分は騙されたといっても失った
信頼を取り戻すことは容易なことではないからです。

加工して食べ物(お酒も)を製造して販売するには、原料のことを自分の目で確かめる
ことは必須条件だと思います。原料の製造者とのコラボレーションが出来上がった製品と
とらえるくらいが理想だと思います。ただ値段だけではなく、人間性も含めて原料の製造者を
吟味すること。安全な製品作りの第一歩がそこにあると感じています。
塩野七生「ローマ人の物語」 パクス・ロマーナ
相変わらず、続きを読んでおります。
この数日読んでいるのが文庫版の「ローマ人の物語」の14~16巻。「パクス・ロマーナ」
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスがテーマとなっています。
養父のカエサル(シーザー)と共に現代まで通じる制度を持つ帝国の基礎を作り上げた
偉大な皇帝です。彼が作り上げた制度については、以下に触れています。

すべての道はローマに通ず

この偉大な皇帝について描かれた「パクス・ロマーナ」を読んで胸に迫ったのが、アウグストゥス
の家庭の悲劇です。自分の血筋にこだわらなかったカエサルと対照的にアウグストゥスは
地位を自分の子孫に継がせることに執念を燃やします。彼には実子はユリアという娘一人
しかいませんでしたが、アウグストゥスはこの娘や孫に次のような処罰を下さなければなりま
せんでした。自分の手によって作った法律を自分の手で適用しなければいけないという悲劇。

     娘のユリア   姦通罪で終身流刑。
     孫娘       姦通罪で終身流刑。
     孫息子      度重なる暴力で終身流刑。

さらに自分の跡取りにと定めた男の孫二人は夭折。

塩野七生さんが「執念を通り越して妄執でしかない」と書いたように、偉大な功績の裏には
悲劇的な家庭が晩年の皇帝を苦しめました。
世界広しといえど、唯一の娘と孫二人を流刑に処した皇帝は彼ぐらいでしょう。

ゲルマンの反抗に手を焼きながらも、妻の連れ子で二代目皇帝になるティベリウスを信頼し
帝国を任せてゆくための準備を着実にする、老いたアウグストゥスの姿は感動的です。
私欲を秘めつつも77才で亡くなるその日まで、「国家の父」の責任を全うした男の一生に
深い感銘を受けました。

死の少し前に、ナポリ近くで停泊中の老皇帝をめぐるエピソードは泣けました。
皇帝に向かって、エジプトから着いたばかりの市民が叫びました。

  あなたのおかげです。われわれの暮らしが成り立つのも
  あなたのおかげです。われわれが安全に旅をできるのも
  あなたのおかげです。われわれが自由に平和に生きてゆけるのも

皇帝は心から感激して、ひとつの条件をつけて全員に金貨を与えました。
その条件とは、エジプトでものを買い他の地で売ること。
物資が自由に流通してこそ帝国は発展する。老いてもアウグストゥスは自分の信条を
守ったのです。そして物資が豊かに流通するのは「パクス(平和)」があってこそ。
アウグストゥスは一生を時に偽善を用いながらも、「パクス」の実現に捧げたのです。

それにしても気になるのが老人になった時のアウグストゥスの容貌。
彼は自己宣伝に長けていて、若々しい帝政ローマのイメージのために30代までの
彫刻やコインの肖像しか残していません。
アウグストゥスは170センチくらいの身長ですが、稀にみる美男だったと伝えられています。

信じることと疑うこと
三笠フーズが何年にもわたって、事故米や汚染米を、食用と偽り転売。
汚染米と知らずに買った焼酎の製造書は、事実を発表し商品の回収。
酒造組合も、安全性の確認を急いでいます。
それだけではなく、煎餅など米菓子メーカーの組合も対応に追われて、三笠フーズの
悪質な商売が連鎖的に関係者を苦境に追いやっています。
二重帳簿を巧妙に作り、96回にも及ぶ農水省の検査でも見抜けないほど悪質に隠蔽
していたそうで、行政の不備もありますが三笠フーズがいかに悪質かがわかります。

私たちがベーベ工房を始めて11年目になりました。その間に雪印事件、BSE、数え切れない
ほどの偽装や賞味期限の改ざんの報道がされました。
その中で私が身につけたのは「データがなければ原料の仕入先を安易に信じない」
という悲しいけれど、ある意味では「性悪説」的な視点です。

ベーベ工房のヨーグルトの原材料は、牛乳と乳酸菌と甜菜糖。
乳酸菌は日本のチーズ作りの先輩方に教えていただいたものを輸入商社から
仕入れています。会社からはデータや成分表をいただいています。
甜菜糖は北海道産のものですが、これも製品仕様書をいただいています。
どのデータもお取引先には提供しています。
幸いこれらのお取引先は担当者もとても誠実な方々でご縁に感謝しているところです。

去年、あまりにも偽装や老舗料亭による賞味期限の改ざんが相次ぎ、お取引先の老舗
百貨店から全取引業者に「製品の仕様書を即刻送るように」という指示が出ました。
ベーベ工房もすぐに出しましたが、売る方もこれだけ不祥事が頻発すれば「性悪説」に
立つでしょうし、そうした方が消費者のためには良いかと思います。
食の安全は「いい人だから」「知り合いだから」では守れません。

ベーベ工房もできるだけのデータを出して誠実に製品を作り提供してゆくつもりですが、
私的な友人関係と違い、客観的な総合判断の上で初めて信頼をいただけることは
肝に銘じたいと思います。
食の信頼は、初めは疑い、そして信頼に変わってゆくことができるのがベストだと思います。
ちょっと悲しい現実だとしても。
食のレベルを守ることも力(パワー)です
酪農の廃業が増え、かつ一般消費者もあいつぐ値上げで苦況という現在、異様な
乳製品売り場の光景を地元の大手系列のスーパーで目にしました。
そのスーパーは最近、PB商品を増やし安売り商品を一気に増やしました。
先週は、中小メーカーの牛乳を154円という廉価で大量に販売していたと思ったら、昨日は
同じ154円で低脂肪牛乳を大量に販売。他にもいくつかのメーカーの牛乳はあるものの
売り場の7割を占めるのが154円の低脂肪牛乳。

成分無調整牛乳を154円で売ることにも抵抗がありましたが、同じ154円なら低脂肪牛乳
でもいいだろうといわんばかりのセレクトにはあいた口が塞がりませんでした。
牛乳の本道はやはりメーカーはどこであれやはり成分無調整の普通の牛乳であるべきです。
特濃牛乳や低脂肪牛乳は、その基本の上で成り立つものだと思います。
少なくとも、低脂肪牛乳を大量において安売りしている光景を目にしたのは初めてです。
バイヤーの「低脂肪牛乳の方がヘルシー」という信条にも基づくものではなく、154円の価格
設定にしやすいから置いたとしか思えませんでした。

PB商品のヨーグルトを見れば、500ccのカップで99円。商品説明のPOPに誇らしげに
「スキムミルク(脱脂粉乳)で作りました」と大書してあるのを見て、思わず苦笑しました。
ヨーグルトなどは生乳100%に近いものほど高級とされているのがこの世界の常識です。
(ベーベ工房のヨーグルトは生乳100%です)
99円の売価なら生乳を使うことは不可能です。安売り商品を開発することが、あるいは
消費者のニーズに沿っているのかもしれませんが、最低限の食のレベルと文化は守った
上での商品の提案をして欲しい。食のレベルを下げて安売りすることが大手スーパーの「力」を
示すものでは決してないと思います。食のレベルを守りつつ、「普通の人でも安全でおいしい
ものが食べられる」ようにするのが、本当の「力」を示すことではないでしょうか。

良い製品を作る上でのバロメーターは原料で示すと
 醤油なら脱脂大豆ではなく丸大豆が原料のもの
 乳製品なら脱脂粉乳ではなく生乳が原料のもの
 ハムならでんぷんなどを混ぜず、肉を100%使用したもの

などです。もちろん添加物はゼロか最低限の使用にとどめたものです。

不況が深刻化して安売りPB商品が増えたとき、食の安全を守れる保証があるのでしょうか?

夏のお産が無事終わりました。
まだ残暑の厳しい日があるものの群馬はもう秋の気配を感じます。
牛舎の仕事もずいぶんと楽になりました。
そして一年で一番気を使う夏のお産も、全頭無事に終えることができました。
7月と8月で7頭がお産。この中にはジャージー子牛の「ちろり」や、まこやんの牧場に
お嫁入りした子牛もいます。

お産は一年を通してあるし、リスクは同じですが、暑さに弱い牛は夏場は体力が落ちる上、
細菌繁殖しやすいので特に夏は気を使います。

お産は無事に子牛が生まれただけではまだ安心できません。母牛がお産後、カルシウム
不足で起立不能になることも稀にありますし、後産が排出されず細菌で熱を出したり
乳房炎になることもあるからです。
お産後2~3日は特に気をつけています。排出された胎盤はグロテスクなものですが、
ちゃんと全部排出されたかかならず目で確認します。
そしてお産後3日くらいたって、食欲もあり、健康に牛乳が出ていることを確認して初めて
「お産が無事に終わりました」ということになります。

今年は逆子もなく、特別な難産もなく本当に良かったです。
お産の後は可愛い♀の子牛のお世話が増えます。
現在、子牛が多いのでバケツと哺乳瓶片手に忙しく動き回る毎日です。

ニール・ヤング「イマジン」
14才の時、私が生まれて初めて買ったロックのアルバムがCSN&Yの歴史的なアルバム
「デジャ・ヴ」。
CSN&Yとはクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの略で、当時の
アメリカンロックを代表するスーパースター4人のグループでした。
ニール・ヤングを除く3人はあの1969年のウッドストックフェスティヴァルにも出演。
ベトナム戦争時代を代表するスターとなってゆきます。

ニール・ヤングはCSN&Y(グループといっても活動期間はほんの僅か、グループというより
コラボといった方が近いかも)のあとソロとしてスタート。
1972年には最大のヒットアルバム「ハーヴェスト」を発表。このアルバムには有名な
「孤独の旅路(Heart of gold)」や人種差別に抗議した「アラバマ」などが収められ、現在でも
名作の呼び声の高いアルバムです。

ニール・ヤングは20代の頃から、戦争や国家による人権の抑圧に歌によって抗議して
メッセージを発してきたミュージシャンです。
南部の人種差別を痛烈に批判した「サザンマン」「アラバマ」。警察による学生の抑圧に
抗議した「オハイオ」etc....。
マイナーであることを怖れない本物のスピリッツを持ったニール・ヤングも今年で63才。
若い世代のミュージシャンに影響を与えつつ、現在も新作を発表してブッシュ大統領を
痛烈に批判するなど新たなメッセージを発し続ける生涯現役なミュージシャンです。

ニール・ヤングらしい生き方が示されたのが9.11の同時多発テロの犠牲者のための
チャリティーで歌ったジョン・レノンの「イマジン」。
放送が自粛されていたこの曲を公開の場で歌い、世界中の人に感銘を与えました。

  いつか君も仲間に加わって欲しい。
  そうしたら世界は一つになって動くだろう   (イマジンより)



自分の信条を語ることもなく責任を放棄する首相が2代も続くと、さすがにあきれるを通り越して
悲しくなりました。一人の力は弱くても何かを生きることで伝えてゆきたい。
ニール・ヤングの歌うイマジンはそんな勇気を持つことを語ってくれているようです。
中学生で初めて目覚めたミュージシャンがニール・ヤングであったことは、私のひそかな
誇りになっています。回りはベイシティローラーズに夢中で、当時は寂しかったけれど。
塩野七生「ローマ人の物語」 すべての道はローマに通ず
最近は(レジャーに行くお金も時間もないので)読書三昧。
塩野七生さんの「ローマ人の物語」シリーズをAMAZONで注文しながら読んでます。
このシリーズはイタリア在住の塩野さんにとってのライフワークともいえる古代ローマ帝国の
誕生から終焉までをさまざまな角度から描いた大作です。単行本で15巻。文庫版でまだ途中
ですが、現在まで28巻が刊行されています。私がこのこの10日で読んだのが、
文庫版24~26巻「賢帝の世紀」と27&28巻「すべての道はローマに通ず」です。

特にインフラについて述べた「すべての道はローマに通ず」は現代の国や為政者の責任や
なすべき責務などについて非常に興味深い内容が書かれています。
一言で言うと、すべての現代まで通じるシステムの基礎は、カエサルと彼の養子で
後を継いだ初代ローマ皇帝アウグストゥスによって成し遂げられています。
インフラの父といわれたローマ人は都市インフラの意義を

   「人間が人間らしい生活をおくるために必要な大事業」ととらえていました。
塩野さんの分類によれば
 ハードなインフラ  街道 上下水道 橋 港湾 コロセウムなどの娯楽施設
 ソフトなインフラ  通貨 郵便 安全保障と治安 教育 医療 貧者救済 奨学金 法律
などのシステムはすべてローマに始まっています。

アッピア街道などの今も残るローマの街道や橋などの工事は、兵士達が行いました。
戦闘にあけくれた時代が終わり、平和な時代が来ても皇帝たちは兵士が路頭に迷う
ことのないように公共工事をあてがったのです。
その他、貴族の子弟が家庭教師の元で学ぶ時は、その家の奴隷の子も一緒に学びました。
将来の補佐官や家の有能な家令を作るためです。ローマ人の合理性を感じます。

ローマ帝国の最盛期の五賢帝時代、皇帝が護衛もつけずに属州を視察できるほど治安も
安定しました。学術的には「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」と言われる時代は、
単に戦争がないだけでなく、治安も、生活面の国家の責任も最高レベルの保障がなされた
時代でもありました。それだからこそ国民は夢を持つことができたのです。
精神論を説く前に、国民がベストを尽くせる環境を国が全力で整備したのがローマです。

本を読みながら、無意識に比べてしまうのが現在の日本。二年連続の政権放棄。
雇用と食の慢性的な不安。不況。公共工事の激減による地方の疲弊。
結果がすぐに出なくても「人間らしい生活を不安なくおくれるシステム」を真剣に考えられる
リーダーが出ないものでしょうか。

まこやんの牧場へお嫁入り
このブログのリンク先、D-1のまこやんの牧場に、昨日子牛を連れてゆきました。
まこやんの牧場にお嫁入りするようになったいきさつはこちら。

子牛のお嫁入り

隣りの埼玉とはいえ県外なので、農協が牛を運ぶのは無理そうなので、主人が運転して
軽トラックの荷台にのせて連れてゆきました。
転落しないように枠を作りそれを紐で固く縛って、屋根もつけて。
幸い猛暑でもなく、雨もあがって絶好のお嫁入り日和。
高速を通って、約40分。まこやんが高速を降りたら迎えにきてくれました。
その後をついてゆくとまこやんの牧場に到着でした。

清潔で暖かみのある牛舎でした。。まこやんは、広々した子牛用のパドックに
きれいにおがくずを入れて準備しておいてくれました。うちでは繋ぎ飼いだったので
のびのびと動けて子牛も嬉しそう。先輩の牛一頭とも仲よくやれそうでほっとしました。
まこやんの牧場に引き取っていただき心から嬉しく思いました。
その日の夜、まこやんが写真入メールをくれました。先輩を隅においやり真ん中で気持ちよく
寝そべる「彼女」。いい度胸をしてます。

まこやん。暖かいお心遣いを本当にありがとうございました。子牛も幸せそうで嬉しいです。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。

家に戻り、夕方は息子のお友達も牛を見に来てくれて良い日だなと思ってたら
突然の福田首相の辞任表明。2年連続の政権放り出し。
このニュースがなければ最高の一日だったのに。これからどうなるんだ日本。
プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

製品に関するお問い合わせは以下のアドレスにお願いします。

ベーベ工房のアドレス

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