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フォートナム・アンド・メイソンに圧倒された話
イギリスの老舗ブランドフォートナム・アンド・メイソン。(以下、F&Mと表記)
紅茶やジャムで日本でも根強い人気があります。
2004年に日本法人が設立され、三越本店などで本格的なアフタヌーン・ティーが楽しめます。

私は15年位前からここのジャスミン・ティーが好きで(というかここのものしか飲めない)ごく
たまにオーダーしています。
先日、オーダーのためにF&MのHPを読み、伝統の力にただただ圧倒される思いでした。

創立は1707年。日本では元禄時代です。小さなグロサリーはウィリアム・メイソンがアン女王の
従僕だったこともあり、細やかな配慮のされた高品質の食品は瞬く間に王室や上流階級の
支持を受けてゆきます。

1700年代に東インド会社が発足。F&Mもメンバーに名を連ね紅茶や香辛料で利益を上げて
会社は大きく成長。産業革命などの時代を経て、20世紀の大きな大戦で大変な苦労の時代も
ありましたが、創立から300年。現在も英国王室御用達の老舗として、超一流の地位を保って
います。

F&Mの歴史を読んでいて、ターニングポイントとなる二つの出来事に注目しました。

ひとつは、1815年。ワーテルローの戦い。
ナポレオン率いるフランス軍にイギリス連合軍が圧勝した戦いです。
この戦いに、軍需品として食糧をイギリス軍に提供したのがF&Mです。
調達品は紅茶・ジャム・はちみつ・香辛料など。美しい包装紙に覆われたおいしい
品々は兵士の士気を高め、その様子はタイム紙で大きく報道されたようです。

もうひとつは1855年。クリミア戦争。
かのナイチンゲールの献身的な働きで知られる戦争です。
戦地のスクタリでは衛生状態が悪く戦病死するものが続出。戦地からの報告や
ナイチンゲールの訴えに、ヴィクトリア女王が直々にF&Mに対し「病人用のビーフスープ
の缶詰を大量にスクタリに送るよう」命じ、船荷として戦地に送られました。

どちらの出来事も既に王室に信頼される高い品質をF&Mが勝ち取っていたからこその、
出来事ですが、たとえ戦地への調達品といえど美しい包装紙を用いる繊細な心遣いは
兵士の心も満たしたと想像できます。
帰還した彼らの口コミも一層、F&Mの評判を高めたと思います。

またF&Mは1800年代から、従業員が労働組合を作ることを認め、利益を従業員に
給料という形で還元。また戦地に赴く従業員が帰還した時は会社の元のポストを
保証していたようで、従業員のF&Mへの忠誠心は大変大きいものでした。

私は元々ナショナルブランドの製品が好きでその伝統から学ぶことを大切にしています。
F&Mの事跡を見ると、不祥事を連発している日本の老舗との格の違いを目の当たりに
した気がしました。
300年続くという重みは考えている以上に偉大なことだと思います。

製品の品質と同じくらい、パッケージやしおりなどに思いを込めることは、ナショナルブランド
の姿勢から学んできました。
お腹だけでなく心も幸福感で満たすこと。ささやかな規模の私たちですがそのような製品を
作ってゆければと切に願っています。

F&Mには圧倒されました。ジャスミンティーとともにオーダーしたマーマレードには
可愛いキツネの絵が描かれています。届くのを楽しみにしています。



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低温殺菌&ノンホモ牛乳
牛乳の種類の話を少し専門的ですが書きたいと思います。
牛乳の殺菌方法はいくつかあります。

①一般の牛乳に多い130℃2秒などの超高温殺菌

②65℃30分などの低温殺菌

などが主なもので、市販されている牛乳の大半は①の超高温殺菌の牛乳です。

ここ10年ほど本来の牛乳の栄養や風味を損なわない低温殺菌牛乳も増えました。
(大手ではタカナシ乳業のものなど)タンパク質が熱で変性されていないので
焦げ臭がなく、さっぱりとして私はこちらが好みです。

ヨーロッパなどでは超高温殺菌のものは牛乳として販売されていないようで、専門家は
「超高温殺菌の牛乳が大半を占めている日本は酪農後進国」と指摘します。
時々「イギリスで飲んだロイヤルミルクティーはおいしかったのに日本で作ると同じ
    風味にならない」という声を耳にしますが、牛乳の質の差によるものが原因です。

高熱でタンパク質を変性させた牛乳はアレルギーの原因となるという指摘もあります。
低温殺菌の方が優れているのは確かなのですが、原料の生乳の生菌数が低くより高い
衛生面のレベルが求められます。そのような理由からか、タカナシ乳業でも岩手の
葛巻地区の酪農家の牛乳を地元の工場で加工していますし低温殺菌牛乳に力を
入れているメーカーは地元の酪農家と密着した小規模レベルのメーカーが多いようです。

もうひとつの「ノンホモ牛乳」というのはノンホモゲナイズドの略で、牛乳の脂肪を
機械で細かく均質化していない牛乳を指します。ほとんどの牛乳は脂肪を均質化
したホモゲナイズド牛乳です。脂肪を均質化した牛乳は上部にクリームが浮くことが
なく扱いやすい牛乳となりますが、反面風味が劣る、脂肪が酸化しやすい
という欠点があります。

低温殺菌&ノンホモという牛乳は風味は自然でおいしいのですが
クリーム分がキャップにつくという特徴もあります。
ヨーロッパではこのタイプの牛乳が主流です。
日本でも島根の木次乳業、群馬の東毛酪農が低温殺菌&ノンホモの優れた牛乳を
以前より製造して消費者の根強い支持を獲得しています。

低温殺菌&ノンホモ牛乳は既に触れたようにより自然な形の牛乳なので
原料の牛乳の品質が優れていなくてはなりません。
木次も東毛も牛を健康に飼うことを組合員全員が大変な努力で取り組んでいます。
そのような姿勢も、低温殺菌&ノンホモ牛乳が支持された要因だと思います。

最後に。
ベーベ工房のヨーグルトとチーズで使う牛乳は搾りたてのものを75℃15分で殺菌し、
ノンホモで使っています。だからベーベ工房のヨーグルトの紙ふたの裏にはクリームが
ついていることがあります。良く振って飲んでくださいね。(笑)
低温殺菌牛乳の殺菌の温度が65℃なのに対し75℃なのはヨーグルトの乳酸菌の活動
しやすさを考慮にいれたもので、何度も試作を繰り返し味や衛生面のデータを取って
決定したものです。
モッツァレラチーズとカプレーゼ
もうすぐ本格的な夏がやってきます。チーズ作りは工房内の温度が40度以上になり
大変な季節がやってきます。
その苦労が報われるのはお客様の「おいしかった」の一言です。
夏は牛乳の脂肪分が低くなり、チーズの歩留まりが悪くなりますが、数を欲張らずおいしい
チーズをお届けできるように努力したいと思います。

ところで、夏のモッツァレラチーズのお薦めレシピは何といってもカプレーゼ。
イタリア料理の前菜でおなじみのトマトとバジルの葉をモツツァレラチーズと合わせて
オリーヴオイルと塩、黒胡椒をかけていただくレシピです。

カプレーゼのおいしさの決め手は何といっても中身がジューシーなモッツァレラですが、
最後に一振りする黒胡椒もおいしさを決めるポイントです。

最近は一年中手に入るようになったトマトですが、やはり旬は夏。
露地栽培の完熟トマトのおいしさは味が濃く、甘さもあってモッツァレラと本当に合います。

ところでカプレーゼはイタリアの国旗の色のサラダといわれます。
モッツァレラの白、トマトの赤、バジルの緑。
バジルはもし手に入らない場合、青じその葉を細かく刻んだものでも十分代用できますし
バジルとは違ったジャパニーズテイストのおいしさがあります。

おいしいトマトに負けないモッツァレラをお届けできるように頑張りたいと思います。
女王陛下の勤労のススメ
イギリスのエリザベス女王が孫のウィリアム王子の恋人、ケイト・ミドルトン嬢に対し

 「ウィリアムが婚約を発表する前にきちんとした仕事につくべき」と苦言を呈したそうです。

ケイト嬢は大学卒業後僅かな時期だけは働いたものの、パパラッチに追われるなどの理由で
働かず、ひたすら王子のプロポーズを待っていたようです。
それに対し「82才の働く女性」である女王は、ひたむきに仕事をしない女性はプリンセスに
なっても国民に尊敬されないと危惧したようです。

イギリス国民も女王の意見を支持したようですが、私も同感で「さすがにクイーン」と
感嘆しました。

戦前どころか、つい20年くらい前まで「良家の子女は働かないでお嫁に行く」
とか「女が勉強して仕事をしたらお嫁にいけなくなる」などの価値観がまかり通っていた
日本から見ると本当に隔世の感があります。

イギリス王室では女王の三男であるエドワード王子の妻ソフィー妃は結婚後も
メディア会社の経営者として活躍。女王はそれを応援してこられたそうです。
女王ご自身が、20代で即位され4人の子供を育てられた「働く母」だったのです。
チャールズ皇太子の不倫が原因とはいえ、結婚に過剰な期待を持ち、不幸な人生を
歩んだウィリアム王子の母、ダイアナ妃の悲劇も女王は考慮した上でのご意見という面も
あるのかもしれません。

イギリスの働く女性といえば看護師の制度を作りあげたナイチンゲールが有名です。
良家の子女だった彼女は両親の猛反対を押し切り看護師に。
官僚の古い因習と戦う彼女を物心ともに支え続けたのは時のヴィクトリア女王でした。
女性が働くことの意味をきちんと評価する歴史が日本とは違うのでしょう。

今後はイギリスに限ら専門的な仕事を持ち結婚後もそれを続ける、王妃や皇太子妃も
決して珍しくなくなるのかもしれません。
自分の仕事を天職と言えるまで献身的に仕事をする女性こそ、本当に国民の気持ちや
立場がわかる時代なのでしょう。。

個人的には女王の勤労の薦めともいえるこの発言は、法的な拘束力こそなくても
女性史に大きな一歩を記した画期的なものだと評価しています。

ベーベ工房の酪農
このブログのリンク先、D-1ブログを見るとまこやん始めいろいろな地域のいろいろな規模の
酪農家がそれぞれの方法を試行錯誤しながら、酪農に取り組んでいる様子が伝わり
自分の酪農について考えるきっかけを与えてくれます。

ベーベ工房を98年に開始させて、酪農と製造の両方に取り組む経営も11年目に入りました。
酪農に関しては、以前からトウモロコシや牧草を自給飼料として畑で作り、牛もすべて
子牛から育て、血統登録をして以前からの方法をずっと守っています。

表面的には変化がないようでも自分の意識の中は大きく変わりました。
それはチーズやヨーグルトを愛用してくださるお取引先や消費者が、どのように感じるかと
いう目線で酪農を考えるようになったことです。
変な言い方ですが、消費者の目線を大学受験の「赤本」のような存在として捉え、信頼と
いう合格点をいただけるように酪農のひとつづつを考える、という意識を持っています。

特に2001年に社会問題となったBSE(狂牛病)騒動は私がより緻密に消費者へ向き合う
重要なターニングポイントとなりました。
あのBSE騒動の中、私たちや製品を信頼をしていただけたことは自信にもなりました。
消費者に安心していただけるためにとっている方法を具体的に挙げますと

①子牛に与えるミルクは一切脱脂粉乳は使用せず100%牛乳のみ。

②ホルモン剤は安全面で不安を与える要素なので、牛の乳量を無理に増やさず
 とにかく健康で長生きできる牛という視点で飼養。

③牛にホルモン剤の負担をかけない為、ETといわれる受精卵移植で子牛を産ませる
 方法は取っていません。すべて人工授精です。

またお取引先には与えている飼料、飼料の成分表などは全て資料化してお渡ししています。

酪農界全体として牛の改良をし、飼料も高カロリー化して一頭あたりの乳量を増やす方策が
取られてきました。反面ゆきすぎた乳量の追求は牛の寿命を縮めるリスクを伴います。
だから私たちは食の安全の視点から、乳量をひたすら追求する酪農を選ばない方針を
選びました。

もしかしたら私たちの方法や価値観は少数派かもしれません。
ただベーベ工房を通じて消費者に直に向き合っている以上、不安を与える方法はできる限り
排除し、誠実に情報公開はしてゆきたいです。

ベーベ工房としての酪農というものをこれからも自分の頭で考え、感じながら真摯に模索
してゆこうと思っています。

  
  
   
魂のメンデルスゾーン
日本の誇るヴァイオリニスト五嶋みどりさん。
2003年に発売された彼女のメンデルスゾーン&ブルッフのヴァイオリン協奏曲のCDを
先日初めて聴きました。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調といえばチャイコフスキーのそれと並んで
おそらく世界で一番有名で愛されるヴァイオリン協奏曲でしょう。「メン・コン」という略称で
通用するくらいです。名ヴァイオリニストの名盤も数限りなく存在します。
それゆえに五嶋みどりさんほどの天才でも今回の録音が初めてのメンデルスゾーンです。

五嶋みどりさんがデビューしたのは11才の時。(ズービン・メータ指揮のNYフィルと競演)
13才でバーンスタインと競演した舞台では2回もE弦を切りながらも見事に弾き切り、その
舞台は「タングルウッドの奇跡」として伝説になっています。

私が彼女のCDを初めて聴いたのは彼女が15才と14才のときに録音した、パガニーニと
バッハの協奏曲です。難曲中の難曲パガニーニを見事な音と輝くような表現で軽々と
演奏する彼女にひたすら驚愕したことを憶えています。

天才少女も20代は拒食症を患い、一時はヴァイオリンを弾くことをやめた苦しみの時期が
ありました。彼女はボランティアや教えること、大学で心理学を学ぶことなどで少しづつ
苦しみを乗り越え、30代になった現在、現代を代表するヴァイオリニストの一人として
世界中から絶賛をあびています。

五嶋みどりさんのメンデルスゾーンの協奏曲は満を持しての録音で素晴らしかったです。
端正で節度ある表現のなかに嫋嫋とした情感が溢れ、五嶋みどりさんの女性としての
成長も伺えるものでした。
私は、1981年に録音された韓国の女流ヴァイオリニスト、チョン・キョンファの江戸っ子の
ような爽快な演奏が大好きなのですが、五嶋みどりさんのそれはチョン・キョンファと
対照的な繊細な美質を感じさせるものです。

少女時代に渡米しジュリアード音楽院で学び、生活基盤もずっとアメリカだった五嶋みどり
さんですが、30代の大人になった演奏を聞くと、バレリーナの森下洋子さんや吉田都さんにも
通じる「日本人の美質」を感じます。切れと余韻が見事に同居し、無理のない自然で流れる
ような歌ごころ。コスモポリタンの代表のような存在ながらやはり五嶋みどりさんは日本人の
女性なのだと思いました。

このCDのもうひとつの曲、ブルッフの協奏曲もほとばしるような彼女の感性の爆発が
心を虜にします。
10代の時にパガニーニで見せた奔放さこそソフィスケートされましたが、五嶋みどりさんの
苦しみを乗り越えての魂の輝きがこのメンデルズゾーンとブルッフの協奏曲をより
心を揺さぶるものにしています。

長い間、彼女のメンデルスゾーンを待っていた甲斐がありました。



カフェ・オレ
カフェ・オレが大好きです。
特に夏はアイス・オ・レ。牛乳2に対しコーヒー1の割合でたくさんいただきます。

酪農家なのに.......と叱られそうですが、私は冷たい牛乳をそのまま飲むことはほとんど
ありません。プリンなどのデザートに使ったりする他、飲むのはカフェ・オレで。
スイスに一か月滞在したことのある夫によれば、フランスやスイスでも牛乳を
そのまま飲むことは少ないようです。やはりカフェ・オレが多いそうです。

そういえばフランスのカフェ・オレ用のカップやボウルはけっこう大きくて、料理にも
使えそうな大きさのものも多いです。だから牛乳の消費量も多いのでしょう。

会社の回し者ではありませんが(笑)ドトールコーヒーのアイス・カフェ・オレは好きです。
リーズナブルで気楽に飲めますし、ちゃんと目の前で牛乳の紙パックの牛乳をクラスに
入れて作ってくれるパフォーマンスがお気に入りです。

私が牛乳を売る担当なら、特に夏はおいしいボトルコーヒーとタイアップして牛乳を
売ります。紅茶とタイアップしてロイヤルミルクティーという方法もアリかと。
牛乳もただ「健康に良い」という売り方だけではなく、楽しいお茶文化の一翼を担う
名バイプレーヤーとしての扱いも時には良いかなと個人的には思います。

私は仕事柄、食には楽しさやセンスの良さがあってこそ人の心の琴線に触れるものと
常に感じています。

フランスやイギリスのティータイム読本を見るとけっこうコーヒーや紅茶の脇役の牛乳にも
一言あって勉強になります。
牛乳に関しても文化の香りを感じるところは本当に素敵で敬服しています。

さて、今日もカフェ・オレを飲んで頑張ろう。


ビン入り牛乳の思い出
ベーベ工房のヨーグルトは900ccと180ccともにガラスのビン入りです。
可愛い牛のイラスト入りのオリジナルビンでございます。(笑)ガラスビンにしたのは
充填機などに莫大なお金がかかるプラスチック容器にできなかったという理由がありますが、
リサイクルの面からも、お客様の評判の面でもガラスビンで良かったと思います。

最近は宅配用や一部の学校給食や一部の小さなメーカーの物以外はすっかりガラスビンに
入った牛乳を見かけなくなりましたが、私自身はビン入り牛乳には懐かしい思い出があり
大好きです。

学校給食での牛乳(余談ですが、私は小学校1年生から牛乳でした。もっと上の世代だと
脱脂粉乳で何年生まで脱脂粉乳だったかで昭和何年生まれかがだいたいわかります)
は、横浜市立の小学校は当時、大体本社が横浜にあるタカナシ乳業のものでした。
4大メーカーよりもおいしかったし、なによりビンのイラストがとても可愛いものでした。

可愛い子熊のイラストで確か「TAKANASHI」のアルファベットをジャングルジムにみたて
何匹かの子熊がそれによじ登ってポーズを取っているものでした。
しかも!一年に3回くらい同じイラストですがイラストの色が違うバージョンになるという
凝ったものでした。
給食当番で牛乳担当になると重いしちょっと泣きたかったですが、この可愛い牛乳ビンは
今でもはっきり覚えています。(インターネットで画像検索したのですが見当たらず残念)
私が小学校を卒業してからほどなくビンから紙パックになったようなので、あの可愛い子熊
のイラストも目にすることがなくなりました。

昔の牛乳ビンやいろいろなメーカーの紙ふたをコレクションされている方のHPがありますが、
今でも地方の小さな乳業メーカーの宅配用には可愛いビンがあるので見ているだけで楽しく
なります。
学校給食の牛乳へのなつかしい思いが、きっとベーベ工房のヨーグルトをガラスビン入りに
した理由なんだろうなあと思います。

子供が給食当番をするにはちょっと重くて苦労したビン入り牛乳。その後三角の紙パック
になり現在の飲み切りサイズの紙パックに変えた所が多いようです。
その頃から牛乳は宅配よりスーパーでの販売が主流になり、大量生産&大量販売に
変化していったように思います。

昭和30年代~40年代の可愛らしくデザインも凝った牛乳ビン。
まさしく昭和の時代を感じるものですが、現代より心豊かなレトロさを感じるのは
私だけなのでしょうか?
牛のFamily(家族)~Herd(一群)
酪農全体が苦しい状況だと経済的なことばかり考えて気持ちが暗くなってしまうのですが、
先日、久しぶりに読んだ夫の大学時代の教科書「乳牛の哺育」(明文書房)というテキストは
ともすれば、忙しさの中で忘れがちになる牛を世話することの大切な哲学を思い出させて
くれました。

初版が昭和44年という古い専門書なのですが、この20年とかく大規模化して乳量を追求
して産業化した酪農のとは別の一番大切な価値観などが、格調高い表現で書かれた名著です。

子牛を育てることの意味についてはこのように書かれています。

......酪農業(都市近郊の搾乳専業は含めない)というのは、(中略)長い期間にわたって、
人と牛の信頼感、子牛時代からの友情、牛同士のファミリー(Family 家族)の意識、
そういうのもが平和的にからみあった一群(Herd ハード)の形成があって始めて経営の
安定が期せられる。

........いかに多額を投じて優秀なめす牛を買い集めても一朝一夕に優れたHerdの状態に
持って行くことはむつかしい。

そして著者は酪農は経済学的に損得をはじくだけでなく、多分に心理的・技術的な要素が
関係している。と述べています。

以前読んだときもこの部分には感銘を受けました。

我が家は自家産の牛を大切にしてきていますし、ジャージー牛を導入した時も子牛から
飼い、愛情を注いで飼養してきました。それだけは自負しています。
また住宅街にあるので大規模に牛を増やすことも不可能な条件下です。
それだけに一頭の牛を健康にできるだけ長生きさせるような飼い方をしています。
ことにベーベ工房という小さくても自分のブランドを持ったとき、牛のFamily~Herdという
自分の手で育てた牛達の穏やかな空間が牛舎にあって本当によかったと思いました。
やはり子牛時代から育てた牛たちには愛情が沸きますし、家族の一員としての思いが
あります。

酪農が当分苦しい状況が続くと思われる現在、ただただ乳量を追求して、ホルモン剤を
多量に投与して受精卵移植などを行って出産させ、牛舎を大規模化するだけの
酪農には疑問を感じています。

この本をもう時代に合わないと思う方もおられると思います。
でも、私はこの本が夫の本棚にあったことの幸運を大切にしたいと思っています。
ただお金と肉体だけの酪農は私にはできそうもないからです。







青い影(A whiter Shade of Pale)
1967年に発表されたイギリスのロックグル-プ、プロコル・ハルムの代表作。
おそらくこの有名な曲を耳にしたことがないという人の方が少ないのではないでしょうか。
ロックの歴史に残る、そしてこれからも永遠に聞く人の魂を揺さぶるであろう
名曲中の名曲です。

1967年4月にイギリスで発表されたこの曲は2週間で38万枚の売り上げを記録。
その後6週連続でヒットチャート1位を占めました。
多くのミュージシャンに影響を与え、日本でもユーミンや松本隆、細野晴臣などに多大な
影響を残しています。

私は小学生の時に学校の校内放送(!)で初めて耳にして一瞬で心を奪われました。
それが「青い影」という曲だと知って3年後、ようやくこの曲がリリースされたプロコル・ハルム
のアルバムを手に入れることができました。
それ以来先日のエントリーで書いたイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」と共に
私の中の一番大切な存在のロックミュージックとなっています。

マシュー・フィッシャー奏でるバッハのカンタータ「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」をモチーフ
とした重厚な調べ、ゲイリー・ブルッカーのソウルフルなヴォーカル。
この二つがこの曲の魅力の全てでしょう。

キース・リードの手による歌詞はあまりにもポエティックすぎて何となく恋愛のことを
謳っているのだろう、くらいしか今に至るまで意味がわかりません。
イギリス人ですら本当の意味はわからないという逸話のある神秘的かつ難解な歌詞です。

ホテル・カリフォルニアが曲の魅力もさることながらそれ以上の幻想的な詩の魅力で心を
虜にしたのに対し、青い影は詩ですらメロディーの魅力に取り込まれながら曲全体で
心を魅了します。

「青い影」は多分、永遠にロックを超えたスタンダード(いうなればモーツァルトの古典の
ように)として後世に残る曲だと思います。
何故なら、欧米人ならDNAに刻み込まれた教会音楽の美学の全てがこの曲には体現
されていると思うから。荘厳で華麗で厳粛で、そして癒されて。

私自身も祖父が聖公会(英国国教会・立教大学などの会派)の牧師だったので
早くにバッハのコラールやオルガンによる教会音楽に親しむ環境にありました。
初めて「青い影」を聞いたときのどこか懐かしい、自分の中に眠っているものを呼びさま
されるような感覚は今も忘れることができません。

「青い影」は私の心の一番深いところを、これからもずっとやさしく揺さぶってくれる
特別な存在の曲です。


子牛のこと
先日、またメスのホルスタインの子牛が誕生。
最近、急に暑くなりましたので気を使ってきましたが、嬉しいことに母子とも元気です。
牛はお産をしなければ牛乳を搾ることができません。(意外なことにこのことをご存じない方も
おられます)お産を無事に終えさせることは経営の大きな柱となります。
我が家は基本的に全て自家産の乳牛たちです。よほどのことがなければ他の牧場から
牛を導入することはなく、全てうちで生まれて育てた牛ばかりです。

酪農家の後継牛の確保の方法は大きく分けて2つあります。

①代々ホルスタインを種付けして生まれたメスの子牛を育てて後継牛にする方法。
  (肉牛の種をつけるのは初産か老齢牛のみ)

②基本的に肉牛を種付けして、生まれた子牛を育成して肉牛として売り、その代金で
 お腹に子供を宿した初産の牛を購買して後継牛にする方法。 

ところが酪農危機でホルスタインのメスの子牛が以前にもまして貴重なものになりつつある
ようです。酪農が安定した推移をしていた2~3年前までは、F1といわれる交雑種の子牛が
ある程度の値段で売れたのでれを元手に北海道あたりから、50万円以上する若い孕み牛を
買うことができた酪農家が思うように買える余裕がなくなってきたようです。

加えて今まではホルスタインのメスの子牛が多めに生まれた場合、市場に出したりして
後継牛を欲しい酪農家が買っていましたが、いつまで続くかわからない飼料高騰による
苦しい経営を想定し、いずれ後継牛になるメスの子牛はほとんど手放さない酪農家が
増えたように思います。だから密かにメスが不足していると言われています。

実は我が家も「メスを売らない」一軒で、あいかわらずメスの子牛が多く世話は大変ですが、
一頭だけ売却しましたが全て手元で飼う事にしています。
ホルスタインを種付けしても必ずメスが生まれる保証がないため、万が一後継牛が不足した
時に多額の現金が出て行くことを避けるためです。

我が家が自家製産の牛にこだわる理由は他にもあって、先代から牛の血統改良に熱心なこと
ベーベ工房で製品を作っているのでトレーサビリティの面からも代々我が家で育てた牛の
方が安全面で自信がもてるという事情もあります。
そして代々群馬で繁栄した血統の方が丈夫で飼養しやすい傾向があるように思います。
また導入した牛からまれにですが伝染病が持ち込まれるリスクもあり、それを防ぐためにも
自家産の牛を重要視しています。

個人的な理由ですが、スモールと言われる小さな子牛はとても可愛いです。
こちらの顔が見えれば甘え、ブラシをかけてやればうっとりとした表情を見せて
理屈ぬきで愛情が沸きます。

それにしても最近のメスのホルスタインの子牛を巡る事情は、食糧危機を見越した
輸出規制みたいな.........。先行き不透明だと考えることは一緒なのでしょうか。

20年ぶりにラベック姉妹
5月26日に「もういちどラベック姉妹」というエントリーで最近のラベック姉妹の活躍と
彼女達の演奏するガーシュウィンとラヴェルのCDの話を書きました。

その後、彼女達のCDを三枚手に入れて、改めてラベック姉妹の魅惑的なピアノを堪能
しているところです。

2007年に自主レーベルから発表したすべてラヴェルの曲から構成した「ボレロ」。
批評家も絶賛しているように素晴らしいアルバムでした。
お目当ての「ボレロ」はもちろんですが、2代のピアノ版の「スペイン狂詩曲」
作曲家のラヴェルもバスク人の血を引き、演奏するラベック姉妹もバスク人。
血で弾く、という表現がぴったりのスペインの乾いた土地が、舞い上がる砂塵が、強い
日差しが目に浮かぶような、聴き手のこちらが知らないうちに熱狂の渦に巻き込まれるような
名演に圧倒されました。

一番入手に苦労したのが1980年にレコード化され、NYでもパリでも大ヒットし、日本でも
ラベック姉妹をスターにした「ラプソディ・イン・ブルー」。
フランスからの輸入版CDをようやく手にすることができました。
アメリカの摩天楼をイメージする、ガーシュウィンの代表作ですが、フランスの大西洋岸
で生まれ育った彼女だちが弾くこの曲は、何故か大西洋の青い海と空をイメージさせる
ちょっと気だるさを感じさせる名演です。(ジャケットの写真によるのかもしれません)
同時収録の「ピアノ協奏曲へ長調」も彼女達の2台のピアノ版になると、アメリカらしい陽気さと
ガーシュウインの持つロシアの血の退廃的な気分が交錯した忘れがたい演奏となります。
20年ぶりに聞いたこのガーシュウィンの演奏は、初恋の人と再会し、変わらぬ魅力にときめく
女の気持ちのようでした。

20代で録音したガーシュウィンと50代で録音したラヴェル。魅力は甲乙つけがたいけれど
芸術的に深みを増したラヴェルに軍配かな。
「ピアノは結局血で弾くものよ」とあるピアノ教師に言われたことがありますが、やっぱり
バスク人のラベック姉妹にとってラヴェルは一番自分らしい表現ができる作曲家なのかも
しれません。


農家のイメージ
酪農の苦しい経営が続く中、乳価を上げる運動をしている酪農家の方々のHPを
読みました。掲示板もあり酪農家だけでなく消費者や関係者が、さまざまな意見を書き込んで
いましたが、苦しい状況を反映してか読んでいて辛くなるような書き込みや。意見を異にする
酪農家同士のほとんど罵りあいのような書き込みもあり、読んでいて辛くなりました。

中でも考えさせられたのが、5月20日に東京で行われた集会~デモ行進の光景をめぐっての
書き込みです。

 >金髪にピアスの若い酪農後継者がいたけど、あれじゃ理解は得られない。
 >改造車のようなトラックを使うな。
 >国産の高級車に乗っている奴がいたけど、あれで乳価上げろなんてよく言えるな

 などなど......。

私も農家と言われる人間なので一般の方々が農家に求めるイメージは
    
          貧乏   
          質素  
          忍耐
という一昔前のドラマ「おしん」のようなイメージなのかということがちょっとショックでした。

それでも11年前に私が横浜から嫁いだ時に比べれば、若い後継者は(まこやんたちのように)
変な因習にとらわれずに勉強をしたり意見を言ったり、かなり農家も進歩したと思います。
何せ11年前は、私が某東京六大学を出たというだけで、あっという間に出身校が広まったり
牛舎の事務所に読みかけの「源氏物語」を置いていただけで驚かれたり・・・・・。
都会人の私にとっては驚くことばかりでした。
ここからはグチなので読んで下さる方にはごめんなさい、ですが何より嫌だったのは

 「農家の女に勉強は必要じゃない」
 「農家の子供は大学なんか必要ない」
という言葉が公然と語られていたことです。酪農家と結婚したことで奇異の目で見られたことも
再三です。

私にとってラッキーだったのは結婚後1年でベーベ工房をスタートさせたことです。
「金がなければセンスで補え」をモットーとしながら、自分が大切にしてきた食にまつわる
センスや資料に当たる読書力をフル回転することができたからです。
OL時代は思いませんでしたが、ベーベ工房をやって初めて「若いとき勉強して大学に行って
よかった」と心から思いました。
私はグループ活動で「農家の嫁の活動」は苦手でしたし、最初から農村では異端児でしたし
ひたすら安全でおいしい製品を消費者にお届けできるように努力することに没頭しました。

これだけ酪農を巡る環境が悪化し、今までのように組合や国のいいなりではたちまち経営が
崩壊しかねないところまで来て、ようやく「自分の頭で考えて経営をしましょう」と
いう言葉が農業関係者からも聞こえてくるようになりました。

人の命を預かると言う側面も持つ、「食を作る」という仕事。
それにふさわしい責任感や品位を保つには、もう「勉強なんか不要だ」という時代では
ないと思います。
消費者の皆さんも、必死に働いて買った車がたとえ高級車でもそれだけを見て農家を悪く
いうことは考えていただきたいと思います。

時々フランスやイタリアの農家の様子がテレビで放映されます。
その度に彼らのセンスの良い暮らしや、誇りに満ちた表情が心底羨ましいです。
あの誇りがあればこその農業大国なのでしょう。
自給率アップというのならこのあたりから考えることも必要なのでは、と思うのですが。
 

ロシア文学ブーム
6月15日の朝日新聞が、ロシア文学のときならぬブームを報じていました。
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫・訳 全5巻)は80万部を超えるヒット。
この夏には「アンナ・カレーニナ」の新訳も出版予定だそうです。
原作の魅力はもちろんですが、読みやすい新訳の魅力が読者を魅了しているようです。
国の好感度は相変わらずワースト1とのことですが。

これらの大作ではありませんが、私にも大切な存在のロシア文学があります。

    ツルゲーネフの「初恋」
    チェーホフの「犬を連れた奥さん」

この二つの作品は私の中のザ・ベスト・オヴ・恋愛小説となっています。

大層なことを書けるほどロシア文学に通暁しているわけではありませんが、ロシア人の作家は
意外なほど魅力的なヒロインを描くことに長けていると思います。
以前このブログでも書いたプーシキンの「オネーギン」のヒロイン・タチアーナ。
トルストイの大作「戦争と平和」のナターシャ。
そして上記の二つの短編のヒロインのジナイーダ、そしてアンナ。

ツルゲーネフの「初恋」は映画化された時のヒロイン役のドミニク・サンダのスチール写真の
表紙に惹かれて13才のとき読みました。ロシア文学の大御所・米川正夫氏の訳で。

13才の小娘にはかなり理解し難い感情が描かれた小説です。
特に主人公の16才の少年に対するサディスティックともいえるジナイーダのふるまいや
不倫の恋の相手である少年の父(この設定も13才には衝撃)に腕を鞭で打たれながらも
陶然とした表情を見せる場面など........。
成人してから恋愛には多少なりともSMぽい要素があると知るようになりましたが、
ツルゲーネフの「初恋」は私にとって初めての大人の恋愛を描いた小説となりました。

チェーホフの「犬を連れた奥さん」は短偏小説です。避暑地で出合った中年男と若い人妻の
ありふれたW不倫の話です。
しかし、さすがに近代演劇の大家の手にかかると主人公の男女の心の機微がきめ細かく
情感豊かに描かれ心に響きます。
「これからどうなるのだろう」と男が呟く曖昧なラストシーンが心に迫り、私の中ではこの小説は
不倫文学の最高峰の位置を占めています。

元外交官の佐藤優氏は社会の閉塞感がドストエフスキーのヒットを生み出していると分析
しておられます。
難しい社会観は横において、古典的な恋愛小説を堪能したいなら、ロシア文学はお勧めです。
「あなたのロシア文学はその程度の理解」と言われればその通りというレベルでの話ですが。
ジャージー牛のこと
「ジャージー牛」というワードからこのブログを訪問してくださる方が何人かおられました。
そういえば、我が家の3頭の可愛いジャージー牛のことをまだ書いたことがなかったという
不覚(?)に気付き、改めてジャージー牛のことを書くこととしました。

我が家には約50頭弱の牛がいます。このうち牛乳を搾っている成牛は32頭。
残りが子牛やもうすぐ種付けをする予定の若い牛たちです。
このうち3頭がジャージー牛です。

3頭の関係は祖母~母~娘の親子3代。
ご紹介しますと
           祖母 キャサリン 2003年5月生まれ
           母   メラニー  2005年1月生まれ
           娘  スカーレット 2006年10月生まれ

となります。生まれて2年足らずで母になっているのだから凄いですね。

ジャージーを飼おうと思ったきっかけは乳脂肪分の濃い乳を出すジャージーを飼う事で
特に乳脂肪分の薄くなる夏場のチーズ作りに備えようかと思ったことです。
現在、まだスカーレットはお産をしていないので2頭分のジャージー牛乳ですが、目標達成に
貢献してくれています。乳缶で別に搾っています。

キャサリンは同じ市内で酪農をやっている主人の大学の後輩の牧場に譲っていただきました。
その牧場は大規模ではありませんがもう20年近くホルスタインの他に何頭かジャージーを
飼っていて乳価にプレミアムがつくので、ホルスタインとは別のタンクにジャージー牛乳
を搾っています。この搾りたてのジャージー牛乳は本当においしいです。

キャサリンは12万円という価格で分けていただきました。
「じゅうにまん」という名前にしようかと思いましたが、いくらなんでもというわけでキャサリンが
我が家に来る直前に96才の天寿をまっとうした、アメリカの大女優キャサリン・ヘップバーン
から名前をつけました。長生きを願って。
ジャージーの子牛はバンビのように華奢なので、我が家の軽トラの荷台にのせて連れて
来ることができました。このときの可愛らしいキャサリンのことは今でもよく覚えています。

順調に育ったキャサリンは2才になる前に二代目のメラニーを出産。
メラニーも順調に育ちやはり2才になる前にスカーレットを出産。
スカーレットのお腹には現在初めての子供がいます。

これ以上無理にジャージーを増やす予定はありませんが、この系統が末永く続いて
欲しいと思います。

ここからは酪農家で読んで下さる方へ。

  ① 良質な乾草を十分与えればジャージーは繋ぎ飼いでも健康に飼養できます。
  ② ホルスタインより原始的なので発情がくるのが早いです。子牛も小さいので
    遅くとも2回目の発情がきたら種付けを薦めます。
  ③ 乳脂肪分が濃いのでお産のあとは十分にカルシウムを与えてください。

私もたびたび譲ってくれた後輩に電話してアドバイスを受けました。 
難点はオスが生まれた時は肉牛の牧場に出す時はほぼタダだということです。
繁殖が難しく繋ぎ飼いだと太りやすいブラウンスイスよりはずっと飼い易いと思います。

「ブランドはなぜ堕ちたか」から6年経って
これは角川文庫で発行された文庫本です。2002年の3月に発行。
著者は産経新聞取材班です。

先日久々にこの本を読みました。雪印が食中毒事件から会社の分解をするまでのことが
書いてあります。興味深かったのは雪印がかつての酪農家たちの組合からただ利益を
追求する企業に変容するまでには、牛乳の安売り戦争、乳業メーカーと酪農組合の
相互不信と決裂という現在の、酪農の危機的な状況の大きな原因となることが
詳しく述べられていることです。

そして酪農家が自分の利益を守って行くためには自分で生産した牛乳を自分達の手で
加工し、販売しなかければならない、ということは今に始まったことではないという大切な
ことも詳しく触れられていました。

雪印の前身の組合は自分達の経済自立と農業振興を目指して約600人の酪農家の出資で
始まりました。

その素晴らしい組合が規模が大きくなると共に、「酪農」と「メーカー」に分離。
企業となったメーカーは少しでもシェアを伸ばすためにスーパーの要求を呑む形で
牛乳を少しでも安く売ろうとします。その結果安全や衛生面に無理がいく様になりあの
2000年の食中毒事件が起こります。

そして少しでも安く牛乳を買い上げようとするメーカーと酪農組合の対立。
相変わらず目玉商品として牛乳を廉価販売したい量販店..........。
現在の酪農危機の背景にあるものは何も変わっていないということがショックでした。

そのような生産者(酪農家)~消費者までのいびつな関係が、2000年には食中毒という最悪の
形でクローズアップされ、飼料の異常な高騰が深刻になった去年秋以降は酪農家の
経営危機という問題が前面に出るようになりました。

あの食中毒事件で乳業メーカーの再編がありました。あの時もう少し生産者との健全な
信頼関係の再構築や、廉価販売対策などを腰をすえてやってくれれば、と思います。

この本を読んでの救いは私たちが純粋な気持ちで
「自分達の納得の行く製品を自分の手で、自分で生産した牛乳で作って販売する」と考えて
ベーベ工房を始めたことはとても正しい選択だったということを再確認できたことです。

以前のエントリーで書きましたが、酪農家(生産者)から消費者まではいくつもの中間部門が
あってとても生産コストに見合った乳価のアップは期待できそうにもありません。
酪農家有志達は30円アップを目指して集会やデモを行っています。
それでも壁は高いのが現状です。

私たちはこの現状に自分の手でやっている「ベーベ工房」という小さなブランドをきちんと
やることで挑戦したいと思います。
牛を健康に愛情を込めて飼い、安全な牛乳を作り、安全でおいしくセンスの良い製品を
お届けすること。できることはこれだけです。

できることをすべての努力で行い、それでももし酪農を維持できなくなればその時は
潔く酪農をやめるだけです。それだけの覚悟は持ってベーベ工房のブランドを維持して
いきたいと思っています。

ブログのスタンスについて一言
今年の1月にブログを初めて、半年近くになろうとしています。
D-1のまこやんなど実際にブログを通じてお会いした方や感性を通じることのできる素敵な
方々と出会えて、ブログを始めてよかったと思います。

ブログを通じてベーベ工房の製品や、酪農のことなどを読んで下さる方にお伝えできれば
いいな、という気持ちで始めたので、このブログで商売をしようとかブログを通じて有名に
なりたいというギラギラした野心は現在も一切ありません。
ただ、昔から書くことは好きで、趣味のことや日々の雑感など夫相手に話していることも備忘録
のような気持ちで書いています。

ある方にベーベ工房の名前で書いている以上、製造や酪農のことだけを書くべきという忠告
を受け、これでも密かに葛藤して信頼できる方に相談したこともありました。
今のスタイルでいいと思うよ、と素敵な励ましをいただき相変わらず仕事と趣味の入り混じった
ブログを書いています。

そんな気ままなブログでもターニングポイントがありました。カテゴリ「バター不足」の最初の
2本のエントリーは「GLOBAL VOICES」というハーバードのロースクールの運営するサイト
を翻訳する女性翻訳家、鴇田(ときた)さんが目に留めてくださり、鴇田さんの素晴らしい
英訳が反響を呼んだのか、7ヶ国語に翻訳されて世界に発信されました。
この記事は酪農家として真摯に書きましたので、とても嬉しいことでしたし、このあたりから
ブログのスタイルが固まったように思います。

またこの「GLOBALVOICES」が縁となりアルファブロガーがブログを読んでくださって
ご自身のブログで私の「もういちどラベック姉妹」のエントリーを大きく取り上げて下さいました。
(トラックバックの所をクリックするとその方の素晴らしい記事が読めます)
自分の中でとても大切な存在のガーシュウイン~ラベック姉妹の記事は心を寄せて下さる
方が多く、何かとても幸せな気持ちを体験しました。

酪農が未曾有の苦境にあり、私もとても辛い気持ちになることがありますし、ベーベ工房を
やっていく重圧や責任の重さに泣きたくなることもあります。
酪農が大変だと言うことは記事の中でも触れておりますが、同業者には反発を買うかもしれま
せんが、私はあまりにもどぎつく暑苦しいグチだけはあえて書くことを避けています。
自分自身の一種の美意識もありますし、ささやかでも「ベーベ工房」のブランドを持ち、それを
愛してくださる方々がいらっしゃるので、ベーベ工房のヨーグルトやチーズのイメージが
余りにも苦悩に満ちたものにはするまい、という蟷螂の斧というべきプライドがあるのです。

エントリーで書いたことがありますが、私の中で文章を書くことの根底の美意識には
清少納言の「枕草子」の存在が大きいと思います。

あの洗練された美意識と乾いたクールさに貫かれた枕草子の裏には仕えた定子皇后の
没落~死という切ない出来事がたくさんあります。
そんな中でも清少納言は過ぎし日の皇后の美しさ、友情、日々の美意識、といったものを
書き続けてゆきました。
私はそんな清少納言が大好きで、憧れ続けて来ました。

酪農や食のことそしてベーベ工房のことはプロとして正確なことを記事にしたいと
思っています。趣味のことはひたすら気持ちを形にすることの幸福感を追ってこれからも
書いてゆきたいと思います。

読んで下さる方と気持ちが分かち合える幸せを大切にしてゆきたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。

酪農家と消費者の遠い距離
飼料の高騰が止まりません。
7月からまた値上がりの見込みとなっています。

酪農はかつてない廃業率で危機的な状況です。
4月からわずか3円ですがメーカーへの売り渡し乳価格がアップとなりましたが、
わずかな額ではどうにもならないほどの飼料価格の上昇ガソリン代などの経費の
上昇です。

さすがに関東牛乳販売農業協同組合連合会(乳販連)は再度の値上げ、それも純粋に
酪農家の手取りが増えるような値上げ交渉をメーカーと行いたい意向ですが、
なるべく安く牛乳を売りたい小売店やメーカーの壁は厚く、再度の乳価アップに関しては
あまり希望が持てません。(乳販連はあと7円のアップなら交渉可能とみているようです)

牛乳を組合を通じて出荷する場合の消費者と生産者の遠い距離を痛感しています。
例をあげて説明しますと、

4月の酪農家の手取り3円アップは小売価格を10円アップするという前提で行われました。
正式な説明がなされていなのですが、この10円の内訳は

      酪農家 3円
      メーカー 4円
      流通業者3円
  ということになっています。

乳販連の職員に質問したところ、特に流通業者がどのくらいの値上げ分を手にしているか
わからない、ということでした。

私は、このように建前は「飼料代の高騰で酪農家の経営が危機的なので牛乳を値上げする」
と消費者に説明しながら、肝心の酪農家の値上げ分はたった3円で、他の7円分をメーカーと
問屋で数字の説明もなく値上げ分を享受している体質が、消費者や小売業者の不信感
や不満をもたらす原因となっていると思います。
何より酪農家の乳販連やメーカーへの不信は強く、酪農関係のHPなどには酪農家の不満や
3円の値上げではどうにもならないという悲痛な声が寄せられています。 
 
我が家もそうですが牛乳を組合を通じて出荷すると消費者に届くまでの仕組みは以下の
通りとなります。

                酪農家
                 ↓  
               酪農業協同組合に出荷
                 ↓  
               乳業メーカーで製造
                 ↓
                 問屋
                 ↓
               スーパーなど小売業者
                 ↓ 
               消費者
 
 書いていても実に中間マージンが発生する箇所か多く、生産者(酪農家)と消費者の
 距離が遠いかが自分でも驚いています。  

もし本当に次回の乳価交渉が行われるなら、公約通り純粋に生産者の手取りが少しでも
増える交渉を強く望みます。
値上げに便乗してまたメーカーと問屋が利益を分合う形になるとそれこそ便乗値上げとして
牛乳に対する消費者の決定的な不信を受けることになると懸念しています。

ささやかな規模ですがベーベ工房でチーズとヨーグルトを製造して取り扱い店舗に直に
納品させていただく形の仕事をして良かったと思います。

中間業者がなくお客様に直接、責任を持てますし、生産者としての声も届きやすくなっています。
去年秋、飼料だけでなく諸材料の相次ぐ値上げで、製品の価格のアップをお願いしたところ
どのお店も苦しい酪農の現状を察してくださって値上げを認めてくださいました。
お店によっては小売価格を据え置いて値上げを認めてくださったところもありました。
牛乳の現在を考えると、本当に私たちは理解あるお取引先やお客様に恵まれた僥倖を
かみしめています。

消費者に信頼される製品と価格を維持できるように今後とも全力で努力したいと思って
います。どうぞよろしくお願いいたします。

             
ウオッカ1年ぶりの勝利!
趣味の競馬(馬券は一切買いませんが)の話。
6月8日に東京競馬場で行われたGⅠレース安田記念で去年のダービー馬・ウオッカが
ダービー以来の勝利を飾りGⅠ3勝目を飾りました。
ウオッカは牝馬として64年ぶりの3頭目のダービー馬です。
強い男馬に圧倒的な差をつけての堂々たる勝利をあげたのが1年前です。

その後なかなか勝ちきれず、気がつけばダービー以来ずっと未勝利。
ダービーで彼女の虜になった私は内心、もう引退して母馬としての道を歩んで欲しいと
思っていました。  

昨日のレースは観戦するのが辛くてTVは観ませんでした。
圧勝のレース結果を聞き、本当に嬉しかったです。

ウオッカを好きな理由は、もちろんあのダービーを制した牝馬ということ。
これは歴史的快挙ですし、本当にカッコイイ勝ち方でした。
あの走りに励まされた女性が大勢いると聞きました。
(例えていうとヒラリーが大統領になったというくらいの値打ちのあること)
   
そしてもうひとつの理由はウオッカの母系が明治時代からずっと日本で大切に守り育てて
きた血統だということです。

最近は、外国産馬がG1を勝つのが当たり前。サンデーサイレンスのような桁はずれの
種牡馬もほとんどが外国産馬。
母馬も輸入牝馬が増えてその子供が大きなレースを勝つことが日常になっています。
もちろん、「在来血統」と言われる代々日本で育ったサラブレットを母系に持つサラブレットが
大レースを勝つこともありますが、外国産のサラブレット優位の状況は変わりません。

 注釈
   サラブレットの血統表は通常、4代前の祖先まで表記します。
   その名前がカタカナで表記されていれば日本で生まれたり走った馬。 
   英字表記なら外国で生まれて外国で走った馬となります。
   
中央競馬は農林省の管轄です。だから馬産は農業という側面もあります。
しかし、より強い馬でレースを勝つためにバブル景気の頃から、種牡馬だけでなく
繁殖牝馬(母)も輸入馬がどっと増えました。
しかもそれらの馬が大レースを勝つことも多くなり、在来血統の牝馬を淘汰したり、
馬産そのものを縮小して、デビュー前の馬も輸入して日本で走らせることも多くなっています。
その結果、社台ファームなど一部の大牧場を除き小規模な馬産農家は倒産したり、借金を
抱えて酪農以上の苦しい経営を強いられています。
このあたりの事情は何でも輸入に頼って食糧の自給をおろそかにした日本の農政の体質と
だぶります。

ウオッカが生まれたのは伝統のあるカントリー牧場です。
2002年には久々ににダービー馬を出しました。これがウオッカの父・タニノギムレット。
ウオッカはだからカントリー牧場にとって、自家生産馬で二代続けてのダービー馬と
いう事になります。
かのチャーチルが「ダービー馬の馬主になることは一国の首相になるより難しい」と
言ったようにダービー馬を生産することの確率は天文学的な低さ。
それが10年のうちに父~娘でのダービー馬の生産。本当に素晴らしい。

ウオツカの母方は明治40年に小岩井農場がイギリスから導入した母馬の系統です。
戦後の苦しい時期も所有者こそ変わりましたが、大事に日本が守り続けてきた
貴重な系統です。
代々の生産者の努力と愛情には本当に頭が下がります。
外国産馬の活躍が目立つ中、ダービーという一生に一度の大舞台で64年ぶり、
戦後初の牝馬のダービー馬を出したときの感激は言葉で表せないほどのものでしょう。

ウオツカには貴重な血を後世に伝えていく大きな仕事が引退後は待っています。
引退までとにかく無事に走って欲しい、それだけを私は願っています。

追記
 以前も書いたことがありますが、明治時代に小岩井農場がアメリカから買い付けた
 乳牛に「アリエン」という系統があります。我が家にもアリエンの系統のファミリーが
 何頭かいて代々大切に飼っています。



                                                                                                 
子供の食について
何年か前の雑誌で料理研究家の小林カツ代さんと中村メイコさんの長女で作家の
神津カンナさんの対談が掲載されていました。
内容は食に関しての多彩な話題全般に上るものでしたが、中にとても心温まる子供の食に
関するエピソードがありました。

カンナさんの妹の神津はづきさん(杉本哲太夫人)は、二人のお子さんのママです。
はづきさんは自然食に凝っていて当然お子さんにコーラはご法度だったそう。
ある日、実家の母である中村メイコさんにお子さんを預かってもらい
迎えに行ったら、お子さん二人はメイコおばあちゃんからコーラをもらって実に幸せそうに
飲んでいたそうです。はづきさんはびっくりしたものの、子供達の笑顔を見て
「おばあちゃんのところでは、たまにはこんなゆるい日があってもいいわ」と肩の力が
抜けたそうです。

おばあちゃんのメイコさんは、高い見識でお子さんは育てられた聡明な女性ですが
「ババの楽しみは親に隠れてコーラを孫にあげることよ」と朗らかに笑われたそうです。

対するカツ代さんも息子のケンタロウさんたちが小さい頃、仕事から帰ったらシッターさんに
もらった飴を子供達が、実に幸せそうに口にいれているのを見て
 「この幸せは奪ってはいけないな」と思われたそうな。

今年4才になる息子を持つ私は、子供の食を考えるたびにこのお二人のエピソードが浮かんで
なんだかほのぼのとした気持ちになります。

最近は子供のアレルギーやアトピーも稀ではないし、明らかに体によくない食べ物も
あるので軽々しくは書けませんが、私は子供の食は体と同時に心も育むものであるべきだと
考えています。
だから、アレルギーでもないのに、やたらと牛乳はダメ、お菓子はダメ、親がマクロビオティック
などを支持している家庭などで、子供に動物性蛋白質は与えない、給食でも与えないでくれと
度を過ぎてこだわる事には強い抵抗を覚えます。あまりにも「親の自分が良いと思うもの
以外は毒」というような偏狭さは却って子供の能力の芽を摘む危険もあると思っています。

最近は、どんなに母乳が出なくても母親に持病があっても「母乳でなければ母ではない」
的な母乳信仰を掲げる方もいます。
(偏見かもしれませんが、このタイプの母にやたらと牛乳批判をしたり給食批判をする方が
多いように感じます)
でも、母乳にこだわりすぎて赤ちゃんが低血糖になり脳に後遺症が残った例もあるようで
先日の朝日新聞で「母乳育児はゆとりを持って」という特集がされていました。

私の場合息子に一切のアレルギーがない、という幸運がありますが、母乳やマクロ育児の
ママからみれば罵倒されそうな育児歴です。
持病がある上高齢出産で、医者と相談した上で完全なミルク育児でしたし、あまりにもどぎつい
味や色のスナック菓子やジャンクフード以外は、おせんべいもカステラもたまにはチョコも
与えているし、保育園におやつや給食のことをうるさく要求することもありません。

葉もの野菜嫌いを保育園に相談したら、「でもかぼちゃもにんじんも食べてますし、
大丈夫ですよ。無理強いすると心が可愛そうですから」と笑顔でアドバイスされ
ストンと気持ちが楽になりました。

子供の食は栄養だけでなく、心の成長に欠かせません。
私自身も、母と作ったドーナツやホットケーキ、夏祭りで友達と食べる屋台の焼きそばや
ホッットドッグなど楽しい食の記憶がたくさんあります。
そこでもし親に「屋台のものなんかダメ」と禁止されていたらきっと心に傷が残ったでしょう。

あまりにも子供に「NO」を押し付けるより、好奇心が育ってゆくような、
「ごくたまにはコーラだってアリ」くらいのおおらかさをもって食べさせて行きたいと思います。
但し、親自身が健康であることと、「バランスの良い食事」という常識をわきまえた上での
ことですが。その加減をわきまえられることが、知性であり親としての品性なのかも
しれません。



ホテル・カリフォルニアの思い出
1976年にリリースされた、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」。
おそらく今後も時代を超えて、伝えられていくであろうロック史に残る名曲です。
題名を知らなくても、この曲を聴いたことのない人は少ないんじゃないかな......。

リリースされたのは私が中学生の時。
私がこの曲を初めて意識して耳にして、衝撃を受けたのが高校生の時。
場所も覚えています。
学校帰りに制服のまま、親友と立ち寄ったサーティワンアイスクリーム。
アイスクリームを食べながら、BGMで流れていたのがホテル・カリフォルニアでした。
 
 「ねえ、この曲知ってる?」と私。
 「イーグルスのホテル・カリフォルニア。3年前から世界中で大ヒットしてるの。」と親友。

彼女は、高校生にしてかなりののロック通。詳しく歌詞のことも教えてくれました。

この曲の素晴らしさは一言で言い表せないほど多面的なものです。
メロディーはAm E7 G D の単純な循環コード進行の曲ですが、イントロのギターワークの
印象深さで冒頭部から、魔術的に心を虜にします。

そして聴き手の感性や人生観、あるいは年令によってさまざまに解釈できる深みのある詩。

 特に最後は
 
We are programmed to receive,You can checkout any time you like,
 but you can never leave.

(受け入れるのがあなたの運命。ここは好きな時にチェックアウトはできるけど
 決して立ち去ることはできないんだ)

という極めて暗示的で深い意味の一文で締めくくられます。
イーグルス自身が属するアメリカのロック界の商業主義への批判とも、アメリカの文明自体
への皮肉とも、男女の出口のない愛憎を歌っているとも聴き手にいろいろなイマジネーション
を与える一文です。

ロックを語るほど詳しくないのですが、最初に聞いたときから最後のこのフレーズは強い
印象を残しています。
また、時が経つにつれて私自身の人生も変わっていき、男女のことと解釈したり、
現在のように苦しい状況の中での仕事のことと捉えたり、自分なりの解釈でこの曲を
聴いています。

私は名曲、というのはクラシックやロックというジャンルを超えて聴衆や演奏家を
さまざまな角度からインスパイアして感性に働きかけ、その感性からのさまざまな
アプローチを受けうる器の大きさを持ったものだと思っています。
そしていろいろな解釈をされ、挑戦を受け、なおダイヤモンドのような多面的な輝き
を発し続けるもの.....。

ホテル・カリフォルニアのあの幻想的でけだるいイントロを聴くと、それがFMであろうが
薄暗いカフェのBGMから流れるものであろうが、今でも立ち止まって聴いている
自分がいます。

初めてこの曲に魅了されて30年が経とうとしています。
サーティワンのアイスクリームを食べていた私は予想もしなかった酪農家となり
親友はアメリカ人と結婚。イーグルスの本拠だったカリフォルニアで暮らしています。
毎年、クリスマスカードが彼女から届くたびにホテル・カリフォルニアのフレーズと
この曲の素晴らしい道案内をしてくれた彼女の笑顔を思い出します。
D-1ブログ まこやん。のこと
このブログのリンク先のD-1(Dairy One)ブログ。
埼玉近郊の30才前後の若手の酪農家(もしくは後継者)たちのグループです。
そのボス(?)がまこやん。

彼とはブログを通じて知合いました。
隣りの県という近さもあり、それから半月足らずでご対面というスピーディーな出会いでした。
まこやんの牧場も個人経営。彼は将来加工もしたいという希望があって、ベーベ工房に
GWに見学に来てくれました。彼の仲間8人と一緒に。

まこやんは15才も年下だし、今風の青年(といっても立派なダンナさまで二児の良きパパ)だし
正直言って会うまでは私は緊張気味でした。
でも.........。まこやんも仲間の方々も本当に気持ちの良い方ばかりで、しかも勉強熱心で
酪農に誇りを持っていて、出会えてよかったなと心から思いました。
地元のおいしいお菓子までいただいて感激でした。

このブログからクリックしてD-1のブログに入ってもらうとわかりますが、まこやんは本当に
牛を大切に愛情込めて世話をしています。
それに厳しい情勢の酪農の現状を認識しながらも、しっかり前向きに頑張っていて、同じ
酪農家としてまこやんの日記を見ると本当に励まされます。
また酪農家でなければわからないツボにはまった話題も多く、PCに向かって頷いてみたり。
やっぱり同業者だな、と思います。

D-1の活動を見ればわかりますが、勉強会、消費者や子供達への食育や酪農のPRと
本当にまこやんのリーダーシップと情熱には頭が下がります。
私のレシピカードの完成も心から喜んでくれました。
まこやんは加工もやりたいと準備を進めているようです。

まこやんの華のある存在と明るさ、リーダーシップ。
それをフルに生かして、できれば埼玉(群馬も混ぜてくれれば嬉しいですが)近郊の
酪農家で組合を作って、かつて黒澤酉蔵(主人の母校、酪農学園の創設者)が雪印を
作ったように、酪農家の手による品質の良い牛乳やバターを作れる設備のある小さな規模の
乳業会社を作ってくれないかな、なんて私は勝手に思っています。
そうしたら中間搾取を減らして、じかに酪農家が消費者に向き合える。
もちろんそれは大変なことで、夢を暢気に語るだけというわけにはいかないと知っていますが。
そうしたら少しは、関東の酪農の存在も大きく消費者に伝わるのではないかと。

ベーベ工房の私たちは、良く言えば学者肌。悪く言えば内向き。
だからハンドメイドでできて個人で直販の小さな工房で作る道を選択しました。

まこやん始め埼玉の後継者たちのやる気と団結力で、ベーベ工房より大きな発信力の
ある加工を是非、やってもらいたいな、とまこやんのことも省みず勝手に独り言のように
書いています。

最後に。まこやん。とD-1の皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします。






穀物投機へのやり場のない怒り
先日、ZEROで放映されたシカゴの穀物市場の様子。
価格を吊り上げてゆく仲買人たちとと投資家から巨額の資金を集めて、穀物市場に
跋扈するディーラーの様子は、何というか胸が悪くなるような有様でした。

例えて言うとジャッカルかハイエナか........。


サブプライムローンの破綻でNYの株式市場に魅力がなくなり、投資家たちが目をつけたのが
穀物市場です。去年あたりから巨額の資金が急に流れ込むようになりました。
穀物を食べ物としてでなく儲けの道具にしか見ない人々によって市場は食い荒らされて
いるのです。
その結果が、我々の飼料の高騰もそうですが、特にアフリカ地域などの飢餓による惨状。
フィリピンではバンコクでの米の市場が高騰し、「米があるのに買えないことによる飢え」
という異常な状況になっています。
(バンコクの穀物市場を操る人々も何とも嫌悪感を感じる表情の面々でした)

素朴な疑問なのですが。こういう人々は自分達のマネーゲームが飢えに苦しむ人々、
生活不安を抱える人々(酪農家もその一員)を増大させていることに良心の痛みを
感じないのでしょうか?
これだけの富を濡れ手に泡で手にしたあげく、その富を何に使うのか?
少なくともキリスト教では、富を抱え込み弱者を省みない生き方を戒めているはずですが。

        「富を持って死ぬことは不名誉なこと」
        「富める人は浪費するのでなく社会が豊かになるように使うべき」
と言ったのは同じアメリカ人のカーネギーだったのに。
とニュース画面を見て切なくなりました。

塩野七生さんが、マフィアが蝕むシチリアを取り上げて
 「品格もパワーとなる、ということを忘れると社会はジャッカルとハイエナで溢れる」
と述べておられます。

食糧をマネーゲームに使うことは、理論や法律では許容されても、
人間として恥ずかしいことだと素人の私は思います。
アフリカでアジアで米が食べられない人々が日に日に増えている事実。


「これは人としてやってはいけない品のない行為だ」という単純だけれど重みのある
言葉を発する勇気のある政治家はいないのでしょうか..........。
(個人的には世界食糧会議での福田首相のスピーチはこの意味ではかなりまともな
 ものだと評価しています。)

せめて、穀物への投機で莫大な利益を得たら、その一部を飢えた国への援助に回すくらいの
気持ちは最低でも持っていて欲しい。(そういう人間はマネーゲームはしないでしょうが)

穀物投機を規制するための法の整備も検討されているようです。
その法律の根底にある、法規範は、たとえ文言に出なくても人間として当然持つべき
良心や品性を前提にしたものであることを願っています。
なぜなら、「食べること」は人間の最も大切な生きるための本能だからです。







牛乳の価格
牛乳の価格の取引価格が4月からわずか3円/キロですがアップしました。
その影響か、以前のような廉価販売は見かけなくなり、成分無調整牛乳は198円や218円
といった価格帯が多くなっているように思います。

これは酪農家としては素直に喜んでいます。もっとも止まらない飼料高やガソリンの値上げで
収入は目減りしていますが。
一時は牛乳はスーパーの安売りの目玉で1000ccパックで100円という信じ難い価格の
ものまでありました。

牛乳のメーカーとスーパーの力関係は圧倒的にスーパーが強いです。
さらに乳業メーカーと酪農組合では圧倒的に乳業メーカーが強いです。
このたびの度の過ぎた飼料代高騰による取引価格のアップに対しても、小売価格を
据え置きたいスーパーがメーカーにかなりの圧力をかけたと聞いています。

飼料に使う穀物の価格はシカゴ市場の価格が基準となり3が月単位程度で決まります。
昨日の報道番組を見ると、投機マネーを手にしたディーラーたちが札束を振り回すありさまで
まだまだ飼料代の高騰は避けられません。
この状態ならますます酪農の廃業は増えるでしょう。
牛乳不足のエントリーで書いたように、需要増の7月には牛乳の品薄が懸念されています。
そして、これ以上の経営悪化による廃業を防ぐため再度の価格交渉が検討されています。
消費者の方には申し訳ないと思いますが、これは当然の措置でしょう。

市場の穀物価格の情勢で3ヶ月単位で飼料代が決まるなら、消費動向や飼料代を鑑み、
牛乳の取引価格も決定するのが本筋だと思います。
(酪農を公営産業とみなすアメリカでは一か月ごと価格が決まります)

雪印が不祥事から解体したことは牛乳の価格を決めていく上で生産者サイトにとって痛恨事に
なったと思います。
不祥事の頃は雪印もすっかり普通の乳業メーカーと成り果てていましたが、雪印は
本来、北海道の酪農家達が優良な牛乳とバターを自分達の組合で作り、市場流通させる
ために作った小さな酪農組合でした。
つまり生産者=メーカーが市場支配力に対して、直接対抗できるシステムがあったのです。
現在の乳業メーカーは純粋に株式会社で生産者団体とは別組織。牛乳販売農業協同組合
連合会(乳販連)に酪農家は牛乳を出荷し、乳販連がメーカーと価格の交渉をするので
酪農家は直接メーカーにモノを言える仕組みではないのです。
(だからリスクを承知で組合を抜けて直接メーカーに牛乳を出荷するアウトサイダーになる
 酪農家もおられます。)

未曾有の酪農危機に補助金も今年は多く設定されました。
でも、穀物市場への投機の規制の他、直接生産者サイトが市場に対抗できるシステムを
構築していかないと酪農の衰退は進むばかりと懸念しています。

酪農家は今回の取引価格アップにしても、小売価格が10円アップとしてそのうちのわずか
3円しか恩恵を受けないシステムに非常ないらだちと不信を持っています。
(要するに中間搾取が多いということです)

私事ですが、苦しいこともたくさんのベーベ工房での製造~販売ですが、理解のあるお取引
先に恵まれ、私とお取引先が直接交渉できる形で価格が決められるシステムでやらせて
いただいていることに感謝しています。

それだけに消費者全てが物価の上昇で苦しい現在、コストをできる限り削減し、消費者に
納得していただける品質&価格の製品を出せるように努力したいと思います。





シェークスピア劇場を覚えていますか?
NHKで1980年から約4年かけて37作品が放映された、イギリスのBBC製作の
「シェークスピア劇場」。リアルで見てはっきり内容を覚えている方は立派な中年。(笑)
私が高校3年から放映が始まり、受験生にもかかわらず毎月1回の土曜日のテレビに
かじりついていました。大学時代はコンパを休んでも見ていました。

何せ製作はBBC。英国の威信をかけて、国を代表する役者達が演じています。
字幕の翻訳は日本のシェークスピア研究の第一人者、小田島雄志先生。
本当に豪華で本格的なシェークスピア劇。これがただでテレビで鑑賞できる日本に感謝
しました。(余談ですが、だから私はやみくもに子供にテレビは見せるなという意見には
反対です)

先日DVDがないか検索したら、丸善が37巻全巻を出していました。ただしお値段は
50万以上!さすがに断念しました。(個人で購入された方もいるそうです)
小学校の国語で「リア王」の一部を学び、そして母にねだって買ってもらった戯曲集。
年頃の常で「ロミオとジュリエット」もう少し成長してからは「ベニスの商人」が好きでした。

高校3年~大学生ともなれば、「ヘンリー六世」などの史劇、「マクベス」「ハムレット」などの
四大悲劇も、「十二夜」などのコメディも堪能できる年令で、本当に良い時期にこのシリーズ
に出会えたと思います。
小田島先生の洒脱な翻訳も素晴らしい魅力でした。あの訳でシェークスピアのユーモアの
センスを理解できたと思っています。

ハムレットやマクベスの有名な台詞だけでなく、笑えてうなずける台詞がたくさんあります。

 例えば 「どんなに嫌らしい醜い欠点も、人の目には美しく見えるものなのね。
       年300ポンドの収入があればね」(ウィンザーの陽気な女房達)

 と女性なら妙にリアルに(?)響く絶妙な台詞もあります。

 また「ヘンリー六世第三部」では国王エドワードがのちの王妃エリザベスを口説く場面で
     
      「率直に言おう、余はそちと寝たいのだ」
 という子供への説明に困る台詞もあります。

シェークスピアの魅力は私が言うまでもないことですが、人間の本性を実に巧みに描いて
いることだど思います。嫉妬、金銭欲、恋愛、老耄......。
50才くらいで亡くなったシェークスピアが老人のいやらしさを「リア王」でさんざん描いている
ことは驚嘆に値します。

今からこつこつ貯金して、全集買おうかな。
還暦になった自分がシェークスピア劇をどのように感じるか想像しただけでわくわくします。

ベーべ工房を始めて時に弱気になる夫を叱咤激励してきた自分が、あの悪女マクベス夫人に
重なったこともあります。
このシェークスピア劇場はずっと心の中に残っていたんだなあ、とおいしい紅茶を
いただきながらしみじみしています。

カミングアウトすると、このシリーズでハムレットとリチャード二世に扮したのが英国の名優、
サー・デレク・ジャコビ。大学生の私は彼の演技にぞっこんでBBCあてに辞書を引きながら
青臭い演劇論を書いたファンレターを彼宛に出しました。
約二ヵ月後。自筆の長文のお手紙とポートレートがご本人から届き狂喜しました。
彼のハムレット解釈にも触れられた心のこもったものでした。
デレク・ジャコビは1994年に「サー」に叙爵。現在も名優として活躍しています。

東洋の小娘の心を虜にした彼のハムレットを見て俳優になったのが、ケネス・ブラナー。
後にケネスが映画でハムレットを演じ、彼の強い希望でクローディアスを演じたのが
デレク・ジャコビです。あのシェークスピア劇場で人生が変わった人もいるのですね。
今の若い方にも一度は観て頂きたいシリーズです。




パウンドケーキに思うこと
バター不足で浜松名産のうなぎパイが減産だとか、パン屋さんやケーキ屋さんで
バターを多く使うメニューが中止だとか、お店そのものが休業になったとかバター不足は
洋菓子にも深刻な影響を与えています。

特にパウンドケーキ(フランス語ではカトル・カール)。
これはバターと小麦粉と卵と砂糖を同量用いてオーヴンで焼くずっしりとして日持ちも良い
古典的な洋菓子です。
家庭用のパウンド型で焼くと各180gの材料が必要です。
バター180gといえば約バター一箱。バター不足の状況で業務用にパウンドケーキを
通常通り焼いているお店はあるのでしょうか。

お菓子のレシピ本にはパウンドケーキは「昔からどこの家庭にもある四つの材料でお母さんが
作るもの」という説明がなされています。
だからもともと酪農が盛んでかつ豊かな英国やフランスで作られるお菓子でした。
同じヨーロッパでも貧しかったアイルランドやウェールズではバターを使わないお菓子も
多いのです。油脂分もラードを使ったりしているお菓子もあります。

日本はパティシエやデパ地下の影響もあって空前のスウィーツブーム。(洋菓子と
言わなくなってどのくらいになるのだろう)
テレビのグルメ番組では華麗なデコレーションのデザートが紹介され、はてはケーキの
大食いチャンピオンなどという馬鹿げた番組も全盛です。

有名パティシエの華麗なケーキもその材料はバターや卵。
こうやってバター不足が深刻になる以前にスウィーツグルメの方々が、バターの
原料は牛乳だと考えて下さったのかとても疑問です。

小麦粉も豪州のものが一番ケーキに向いていると言われます。
その小麦粉も豪州の干ばつで大幅値上げ。量も確保できないといいます。
砂糖も原油高の影響で久々に市場が値上がりしました。
バターはご存知の惨状。

ふわふわと柔らかく美しいケーキ。でもそれは自給率の向上も、農家の経済も考えない
政策の砂上の楼閣にあるものだったのだと今さらながら思い知っています。


追記
  群馬は粉の生産が盛んです。数年前から米粉を使ったパンなども個人のパン屋さんが
  作っています。もちもちしておいしいです。
  こうやって国産の材料を使って土台のしっかりしたケーキを作るパティシエが出ても
  良いのでは、と考えています。 



プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

製品に関するお問い合わせは以下のアドレスにお願いします。

ベーベ工房のアドレス

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