<<01  2008,02/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29  03>>
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
牛の耳標
2001年のBSE(狂牛病)の国内発生を受けて、すべての牛は耳標の装着が義務付
けられています。
一般の方々は「トレーサビリティ」として牛肉の生産履歴をスーパーマーケットのHP
などを通じて調べる方も多いと思いますが、そのデータの基本になるのが畜産農家が
申請する耳標=個体番号です。出生したときに申請するので人間でいえば戸籍の
ようなものですね。

現在はこの耳標をつけていない牛は、市場に出せませんし売却もできません。
また、うっかり市場に出す時の申請書に書いた番号と実際の牛の番号が一桁違って
売却先から牛が戻されたという「事件」も聞いたことがあります。

正直言って番号申請は手間がかかります。オスの子牛が生まれた場合、申請する書類は
  ① 出生届け(これでその牛に個体番号がつきます。また母牛の番号も記載します)
  ② 移動の届け

 の2種類が必要になります。また時たまうっかり番号を間違えて行政から指摘を受けることも....。

手間ではあるしアメリカからの輸入牛に対する「ゆるさ」には「何だ、コノヤロー
」(下品ですみません)と思ったこともありますが、耳標がついてから国内産牛肉への
消費者の信頼は格段に上がったと思います。
また畜産農家のモラルも。


以前はあまり大きな声でいえませんが、「松阪牛」といっても(本物の松阪牛は産地の限定が
厳しい上、メス牛という条件があるのです)群馬から市場に行った牛がいつのまにか松阪牛に
化けて(?)いたという話や銘柄牛といってもどこまで本当か?という実態がありました。
でも現在の世界一厳しい制度の元に牛の移動が管理されるようになって、絶対にそのような
ことはなくなりました。皆様、どうぞご安心を。

畜産農家はとても苦しい経済状況の中、きちんとしたトレーサビリティを遵守して頑張っています。
皆様の温かいご支援・ご理解を心よりお願い申し上げます。

スポンサーサイト
アレクセイ・ヤグディン
もうすぐスウェーデンでフィギュアスケートの世界選手権が開催されます。
先日行われた4大陸選手権でプルシェンコの点数を超えた歴代最高得点で優勝した
高橋大輔選手に期待しています。

前置きが長くなりましたが旧採点方式最後のオリンピックだった2002年のソルトレークシティ
五輪の男子シングルで圧倒的な演技で金メダルを獲得したのがロシアのアレクセイ・ヤグディンです。世界選手権3連覇を含む4度の優勝とオリンピック優勝の男子シングル史上最高の
選手と言われています。


ヤグディン以前にもロビン・カズンス(1980年五輪優勝)ウラディミール・ペトレンコ(1992年
五輪優勝)の他1988年五輪銀メダルのブライアン・オーサーと大好きだった選手はいるのですが、私にとってはヤグディンは別格。
今だに2002年五輪のVHSを見ては「萌え~」です。いい年をして。
ほとんどヨン様ファンのおばさん状態。(笑)

新採点方式になる以前に引退してしまったので彼の演技が、現在どのくらいの点数になるか
わかりませんが、五輪のフリーの演技「仮面の男」では男子シングル史上最多の6個の満点が出ました。
また、フリー(夫と二人、夜中に別格の演技に感動してテレビを見ていました)以上に今だに
感動して見ているのがエキシビジョンでの「Overcome」に乗せての演技でした。
とにかく演技内容が毎年素晴らしく、例えば2000年に世界選手権で優勝した時はフリーの
音楽にちなみ「あ、グラディエーターの年ね」という言い方をファンはします。
現役時代、毎年これだけ密度の高いフリーを演じた選手を他に知りません。

パソコンで「YOU TUBE」にある彼の「Overcome」を先日改めて鑑賞しました。
本当にジャンプも着地に至るまで完璧。現役選手も憧れて取り入れている伝説的なステップ
何回観ても飽きません。うっとり。

2002年五輪で銀メダルそしてトリノで金メダルの同じロシアのプルシェンコもまた素晴らしい
選手です。現役時代は火の出るようなライバル関係だったと言われています。

ヤグディンは身長175cmと特別に体格に恵まれているとは思いません。スタイルなら多分
プルシェンコが上だと思います。
ヤグディンをよく見ていると歴代のチャンピオンより胸が厚くかなりがっちりした体形に見えます。(足が長いことと均整が取れているので太くは見えない)
その体を生かしてとにかく全身で演技をしながら端正な品格を失わないのが彼の演技の卓越した点だと思います。そしてジャンプ・ステップ・スピンどれをとっても欠点がなく大きな失敗を
しない精神的な強さがあります。(本当に書いていて凄い選手だと思います)

現在はプロスケーターとして活躍しているヤグディンです。2004年だったかプロ転向後初めて
オリンピック当時のSP「ウィンター」を披露したらファンが随喜の涙を流したそうです。

プルシェンコが不在の今年の世界選手権。高橋大輔選手の金メダルも夢ではないと思います。彼のずばぬけた音感の良さ、華麗なステップに魅了されながら、どこかヤグディンと
比べてしまっている私がいます。オリンピックで金メダルを獲得したフリー演技「仮面の男」
を振付けたのは誰あろう、高橋大輔や安藤美姫(ついでに荒川静香の)のコーチ、ニコライ・
モロゾフ氏。モロゾフ氏の脳裏にもあのヤグディンの演技が今も蘇ることがあるのでしょうか?


中村紘子さんのこと
いわずと知れた日本を代表するピアニストです。また作家としても大宅賞を受賞するほどの
才能をお持ちの方です。
最近はショパン・コンクールの審査員など国際的にもピアノ界の重鎮でいらっしゃいます。

彼女は幼少時から天才的な才能の持ち主だったようです。慶応中学3年生の時全日本
音楽コンクールのピアノ部門優勝。今日に至るも権威あるこのコンクールのピアノ部門で
中学生で優勝したのは彼女一人です。ジュリアード音楽院は日本人として初めて
全額給費生でした。1965年に19歳でショパン・コンクール4位入賞。(優勝は現代最高の女流ピアニストのアルゲリッチ)以後現在に至るまで日本の最高のピアニストでいらっしゃいます。

実は私は彼女のCDはチャイコフスキーの協奏曲くらいしか持っていません。
つまり、ピアニストとしては大ファンというわけではないのです。

 
中村紘子さんは作家としても一流なので当然なのですが、私が彼女の大ファンなのは
本業よりも彼女の「言葉」があるからです。
あのちょっと舌足らずの甘ったるい声で実に的確な表現で物事を語る彼女のインタビューは
大好きで結構影響を受けています。

故高円宮憲仁親王との対談では若き日の苦しみを語っておられたのですが

  「ジュリアードに行って初めて音楽を楽しく学ぶことを知った。それまではピアノ道だった」
  「コンクールでも予選では不幸せな演奏だった。本選のコンチェルトで指揮者のお陰で
  初めて幸せに弾けた」
  と胸の詰まるような話をされていました。

もうひとつは審査員を務めた2000年のショパンクンクール。NHKのインタビューに答え

 「どんなに上手でももうこの人の演奏は聞きたくない、という人もいれば多少ミスがあっても
 もう少し聞いてみたいから予選を通過させたい人もいるから不思議だ」

という私の美意識に多大な影響を与えてくれた名言もあります。

私の中で中村さんが「すごい人」になったのは浜松国際ピアノコンクールを一流のコンクール
に育て上げた手腕と、若い後輩への愛情ある目を知ってからです。
浜松国際コンクールは1991年に創設。3年に一回の開催で若手ピアニストと登竜門とされています。中村さんが審査委員長になってからは審査員も参加者もレベルアップし現在では
国際的権威を持ったコンクールになっています。

何といってもこのコンクールの権威を決定したのは2003年にこのコンクールで
第2位(1位なし)だったポーランドのラファウ・ブレハッチが2年後の2005年のショパン
コンクールで第1位、それも史上初のマズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞の3冠あわせての完全優勝を飾ったことでしょう。
ブレハッチは決して恵まれた環境になく浜松まで家にグランドピアノがなく、浜松の賞金で
グランドピアノを買い、ショパンコンクールに臨んだのです。

中村さんのような卓越した目と耳を持つ方なら浜松のコンクール時点でのブレハッチが
まだまだ未完成だったことはおわかりだったと思います。
でもきっと彼の可能性、ひたむきさ、端正な音楽性に将来性を感じ最高位をつけたのだと思います。

華麗な容姿で一時はCMにもよく出演され「サロンピアニスト」と揶揄されたこともある中村さんですが、かつての天才少女が自分のピアノを極め、次世代の天才を見抜き、励まし、という
生き様は本当に素晴らしく同じ女性として心から尊敬しています。

天才というと多少アナーキーでも非常識でも許される、といった感もありますが、彼女の
コンクールでの真剣な眼差しを見ているとそんな「常識」こそ非常識だと思えてなりません。

  
   
牛のコンテスト(共進会)のこと
我が家の応接間には主人が共進会(牛のコンテスト)に出品していただいた賞状やトロフィー
が沢山飾ってあります。
その中には「関東大会チャンピオン」「全日本出場」など輝かしいものもあります。

牛の体形などの進化を目指して種牛を選んだり、育成から工夫することを「改良」といって
それを競う大会を「共進会」といいます。地区予選~県の共進会~関東大会
(2年に一度全国大会)と進み、優秀な成績の牛は以後娘牛などが高く売れたりする
名誉にあずかれます。

主人は結婚前はかなり共進会に熱心で上記のように名誉ある賞もいただきました。
ただ、この数年チーズとヨーグルトの仕事が手一杯なことや両親も年をとったこともあり
共進会に参加することができない状態です。
きっと本人は残念だと思いますが、日々の酪農をしながら安全でおいしい製品を作って
出荷することは大変なことなので共進会は当分お休みになると思います。


牛はたとえ全国チャンピオンになってもその名誉や牧場の苦労が大手のメディアにのることは
ほとんどありません。せいぜい酪農専門の新聞や雑誌に載るくらいです。
(もちろん馬産地の大変なご苦労はメディアを通じて伺っているという前提ですが)
サラブレットがいわゆるG1競争に勝ったときの栄光とは比べ物にならないほどささやかです。
私は自分が(馬券は買いませんが)競馬ファンなので、かねてからGIを勝った牧場の
栄光が羨ましくて仕方がなかったです。
天皇賞、ダービー、有馬記念、桜花賞といったGIを勝った馬を生産した牧場は
雑誌などでも大きく取り上げられ手にするお金も名誉も牛とは比べ物になりません。
「G1馬の故郷」という特集などを読むと小さな家族経営の牧場の馬がG1を勝った場合、
今までとは比べ物にならない人脈ができるそうです。また、ファンが牧場に来てくれたりも
するそうです。
GIをかなり勝った名馬の生産者(家族経営の牧場です)が生産馬のレースの応援に
東京競馬場に行ったとき、勝った事ももちろん嬉しいけど大勢のファンが馬の名前を呼んで
応援してくれたことがなにより嬉しかったとおっしゃっていました。そして、辛いことが今後も
沢山あるだろうけどあの応援と勝った時のファンの歓喜の声を思い出せば、きっと頑張れる
だろう、と語っておられたのが印象的でした。


乳牛とサラブレットを同一に語ることはもちろんできません。
でも酪農の経営の苦しい現在、酪農家の日々の努力に対して声援を送ってくださる
方々が多くいればかなり日々の辛さも違うように思います。
もちろんさまざまな団体も子供たちに搾乳体験をさせたり、各種イベントを行うことで
啓蒙を頑張って下さっているので不満はありません。
牛そのものの魅力やそこまでの酪農家の苦労に報いるためにも、せめて関東大会や
全国大会に出品した生産者にもう少し、賞金の面やマスコミへのPRを優遇して下さらないか
と考えてしまう自分がいます。
修道院の食
誰だったかは忘れましたが、「本当においしいものを食したければ修道院へ行け」
と言った食文化研究者がいますが、至言だと思います。
私は祖父が聖公会(イギリス国教会。日本では立教大学などがこの会派)の牧師だった
こともあり、クリスチャンです。そのお陰で修道院の豊かな食文化をうかがう機会にも
恵まれました。


礼拝で用いる聖餐用の赤ブドウ酒。これは尊敬する牧師さんは個人的に(当時は)イタリアの
修道院のものを使っておられるとのことでしたが、アルコールが飲めない私でも多分永久に
忘れられない素晴らしい味のものでした。
また、個人的に分けていただいたフランスの修道院のチーズ。これも名称こそ忘れましたが
おそらく自分の中でスタンダードとして残るであろう佳品でした。
一般にも手に入りやすい(といっても限られたエリアですが)修道院の食として私が
高く評価しているのが神奈川県鎌倉市のレデンプトリスチン修道院のクッキーです。


修道院は神への祈りを捧げながら労働をし、基本的に自給自足で生活をする場所なので
いわゆる営利目的での製造がルーツではありません。「祈り働け」という生活です。
それだけに本当に自然を畏れ感謝する気持ちのなかで本当においしい食が出来上がって
行くのではないかと推察しています。
またヨーロッパの修道院は伝統的に巡礼者を宿泊させ、あるいは病人に最後の癒しの場を
提供する、という役割も果たしてきました。病院、ホテルなどのルーツは修道院にあります。
おもてなし=ホスピタリティの暖かい気持ちもエッセンスになっているのでしょうか。


これはあくまで個人的な推察ですが、カトリック修道院では修道士(修道女)は一生
誰ともこの世での婚姻をしない誓いを立てます。
その覚悟や厳しさは家庭を持っている私などの想像の及ぶところではありません。
それでも、自分が食にまつわる生活をしていると本当に安全でおいしい食を作る
生活にはある種の厳しさ、ストイックさが要求されると感じることがあります。
それだけに厳しい戒律の中で神と食に向かう修道士たちの作り出すものが、営利目的の
ものとランクが違う逸品が多いことが肯首できるのです。


私が極めて多大な影響を受けたローマのベネディクト修道会は自分たちが作った製品を
少しだけイタリア国内で販売しているそうです。
そのラベルにはこうあります。

  「私は、私が食べるもの。そのもの故に」

 食に携わる者が持たねばならない心がこの短い一言に表現されているような一言です。
 私が一生、信条としていくであろう言葉です。 

保育園のクリスマス会
もうじき3歳半になる息子の通う保育園のクリスマス会が、去年の12月に地元の公民館で
行われ、そのVHSを園で購入して、この連休中親子で鑑賞しました。

息子は二つの出し物に出て、音楽劇「猿かに合戦」では舞台で泣いてしまったのですが、
可愛いサンタクロースの衣装をつけてのクリスマスソングでは泣かずにちゃんと鈴をならして
いたのには親ばか全開で感激して、思わず息子を抱きしめてしまいました。(笑)

1歳児から6歳児(正式には4/1時点の年齢なので5歳児クラス)までがきちんと年齢相応の
プログラムに添って生き生きと演じていたことに改めて感心しました。
また、それを日々の練習を通じて指導された保育士の先生方に頭が下がる思いです。

何といっても感激を通り越して感動したのは年長さん(5歳児クラス)の和太鼓。
元々和太鼓好きな私ですが、あの子供たちの一糸乱れずの演奏と同じ舞台に上がった
4人の保育士の先生方のリズム感には圧倒されました。
多少は音楽の心得はあるつもりなので、いわゆる音楽の英才を集めての教室ではなく
ごく普通の家庭の無邪気な5~6歳児にあそこまでのリズム感を教え、どの子も生き生きと
取り組む姿勢を日常の保育の中で教えた、という事実はかなり衝撃的ではありました。

「保育園マジック」と密かに私は呼んでいるのですが、同じ年頃の子供や保育士の先生方と
過ごす日常でびっくりするほど沢山のものを吸収してくることは、息子の成長から毎日の
ように感じます。
毎日送り迎えで足を運んでいる保育園ですが、まさしく「ワンダーランド」だな。(笑)

最後に。もちろん保育士の先生方もそれぞれに日々悩みもおありだと思います。
でも笑顔を絶やさず毎日、子供たちを指導されているという力量には敬意を表します。
それなりの大学を出ながら、私はあそこまで献身的に20代の時に働いたことがあるのかと
20代のときのほろ苦い思いが胸に去来している自分がいます。

追記

 欧米人にも和太鼓のリズムは高く評価されているようです。 
 例えば 1998年長野五輪のフイギュア男子銀メダルのストイコ(カナダ)
      2000年シドニー五輪のシンクロデュエット金メダルのロシアのペア
   などが和太鼓のリズムに乗せて素晴らしい演技を披露しています。
 
MADE IN より MADE  BY
餃子事件を報道するキャスターの中には
「やはり作り手の顔の見える製品」が大事だと口にされる方もおられます。

「作り手の顔の見える製品」というのはただ「国産」「メイド・インジャパン」よりもっと
生産者と消費者の距離の近い製品のことだと思います。

ベーベ工房の製品も売り場の現場ではそのような考えかたの元に育てていただいて
きました。


今回の餃子事件は改めて作り手と消費者の距離が近いほうが安全確保には有用だと
認識しました。
「顔の見える」というのはやはり小規模生産者にあてはまる言葉です。
そのような製品が並ぶ代表格が「農産物直売所」。
地元の直売所などでは出荷者の個人名の入った野菜や、個人が作ったおそばやこんにゃく
が並べられています。(個人の他地元の方何人かで作った小さな工房の味噌なども
多い)


私も「顔の見える製品」の考え方には賛同します。
大手のスーパーにも大手企業の製品と並べて地元の個人の生産者の製品を
扱っているところも増えてきました。(豆腐などは地元のいくつかの小さな個人の豆腐店の
製品を優先的に扱っているスーパーもあります)

生産者の立場から言わせていただくと「顔の見える製品」が育ってゆくには販売店側が

     小規模生産者の製品は大量生産がきかない
     コストも大手の製品より割高なものが多い

 ということを前向きに認識することも必須条件だと思います。

欠品や売り切ればかりをいうのでなく、「売り切れごめん」くらいのおおらかな気持ちで
生産者が責任を持てる範囲の製品作りに打ち込める環境作りもこれからの販売現場には
求められると思います。


 私が売り場担当なら 「顔の見える」というより
          「MADE BY 誰々」
という表現を使いたいですね。シンプルな言葉のほうが印象に残りやすいですし。


誰々のところはシンプルなほどトレーサビリティは確実だと思います。
現状を見ているとトレーサビリティが要求されるのは牛肉だけではなさそうです。
追跡に港の検疫所からスタートして輸入業者、仕入れ業者、販売店とカメラが入るのを
見てなんだか空しさを感じてしまったのは私だけでしょうか?
プロフィール

けい

Author:けい
①群馬県でホルスタイン50頭、ジャージー牛5頭を飼養する家族経営の酪農家マダムです。

②1998年からベーベ工房というブランドでヨーグルトとモッツァレラチーズ及びリコッタチーズをハンドメイドで製造しています。安全でおいしい製品を誠実に作ることを信条としています。

③土作り、飼料作り~製品作りまで一貫して製造しています。

ベーベ工房も13周年を迎える事ができました。牛のこと、チーズのことなど日々のささやかな出来事を綴っていきたいと思っています。

ブログのスタンスですが、酪農とチーズのこと以外の、管理人の
趣味のことも書いてあります。なお記事の無断転載やコピーなどは
ご遠慮くださいますようお願い致します。

製品に関するお問い合わせは以下のアドレスにお願いします。

ベーベ工房のアドレス

メールフォーム

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
01 | 2008/02 | 03
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 -
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。